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2 Bad Day、Good Day【おうし座】
やってしまった。もうダメだ、おしまいだ。
得意先の会社での、朝十時からの打ち合わせ。
約束の二十分前に起きるなんて!
ベッドから飛び起きると、隣で寝ている彼氏の脚を踏んでしまった。
「わ、ごめん!」
彼氏はそのままに、上司の淳史さんに電話をし、正直に話した。
「今日はオレが何とかしとく。今から来ると、明らかに寝坊しましたってバレバレだから、来なくていい。けど、二度は許さないから。ま、栗原さん、いつもはきっちり仕事する人だし、信じてるからね?」
そうして今度、ランチをごちそうすることになってしまった。
海外出張の多い淳史さんの希望は、日本食だった。
はい、がってん。美味しいお店を探すことは、仕事よりも実は得意だったりする。やっぱり私、食べることが大好きだから。
あわてて洗顔して歯みがきして、化粧もそこそこにアパートを出た。電車に揺られ、会社へ向かう。
私はどうものんびりマイペースで、五分前行動とか大の苦手。それでも遅刻はこの二十六年間の人生で数えるほど(たぶん)だけれど、今日は大失態だ。
ゆうべ、幼なじみの春歌のジャズライブに、バーへ行った。彼女の歌に聴き惚れた。いい気分で、ついつい、ウイスキーも進んでしまった。
春歌は自分の道を切り開いているのに、ふたつ年上の私ときたら、何をしているんだろう。
そう思うと、自分がほとほと嫌になる。嫌になるけれど、これが私なのだから、何とかつきあっていくしかない。
……あれ? 何か忘れている気がする……彼氏! りつくん! りつくんのこと、起こしてあげてない!
私のつくる朝ごはん、楽しみにしてくれていたのに。
つくる余裕がないどころか、朝の弱い彼に、明日起こしてねって頼まれていたのに。
りつくんは今日は昼過ぎからの仕事だから、遅刻はしないだろうけれど……。
乗り換えの駅で電話をした。モーニングコール、遅くてごめんね、そう言う前に、りつくんは言った。
「おはよう、みっちゃん。そんで、二十七歳のお誕生日おめでとう!」
起こさなかったこと、朝ごはんつくれなかったこと、怒るどころか、憶えていてくれた。今日はそうか、私の誕生日……。
「ありがとう、りつくん。今夜は美味しいもの私がつくるから、一緒に食べよう」
「うん。楽しみにしてるね」
私はときどき自分が嫌になる。それでも、彼といるときの私は大好きだ。
青空に新緑がきらめいている。命のまぶしい季節、私はひとつ大人になった。
了
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