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5 豚の生姜焼きの思い出【しし座】
八月十五日は終戦の日だけれど、僕の誕生日でもある。今日で四十五歳になった。
残業をして家に帰ると、妻の咲江も仕事から帰ったばかりで、夕飯の支度をはじめたところだった。
「ごめんね、和真、誕生日なのに豚の生姜焼きで! もっとちゃんとした手づくりディナーは、次の休みの日にね」
咲江は料理が苦手で、はっきり言ったことはないが、なんなら僕のほうがうまい。
「いいって。豚の生姜焼きは、ふたりの思い出だし、特別」
そう返すと、咲江はうれしそうにほほ笑んだ。
僕たちが結婚式を挙げた会場の近くには、昭和のころからつづく定食屋があった。
〝定食・とんま〟、そういう名前の店だった。
式の打ち合わせが終わると、〝とんま〟で定食を食べるのが楽しみだった。
から揚げ定食もいいが、豚の生姜焼き定食が気に入っていた。白いご飯を、僕は必ずおかわりした。
〝とんま〟の店員のそれぞれが、実に効率よく働いていた。
客を席に座らせ、テーブルに水をはこび注文を取り、料理をはこび皿を下げるといった、ホール係の店員。から揚げでも生姜焼きでもとんかつでも、おいしいものをひたすらつくる料理人。「いらっしゃいませ~」、「ありがとうございました~」と声をかけながら、皿を洗いまくる店員……。
細かくきっちり役割分担がされていて、皆、黙々と、そしてきびきびと仕事をこなしていた。決して無駄口はきかず、愛想笑いはほどほどに。
結婚したら家事を役割分担しよう、そのほうが絶対効率がいいよね。この老舗の〝とんま〟みたいに長くやっていくには、それがいいよね。〝とんま作戦〟と名づけよう。
豚の生姜焼きを食べながらそう咲江に話すと、「和真ってマジメな話してるのに、なんか笑えるんだよね」、はにかんで同意してくれた。
だけど結局、どちらも最初に決めた自分の役割をこなせなくて、〝とんま作戦〟は失敗に終わった。それぞれがカバーしあって暮らすようになっていった。
それでいい、それがいい。
咲江の苦手な作業のひとつ、千切りキャベツを刻みながら思う。
役割分担という型にはめても、ダメなときはダメらしい。〝とんま〟は閉店してしまった。
僕たちは高校で出会った。
あのころの僕は、自分をどうにか表現したくて、とにかく自分という枠からさえも、はみ出してしまいたかった。ほとばしるエネルギーを、音楽に注いでいた。
文化祭でバンドを組み、歌っていた僕に、咲江はひとめぼれをしてくれた。
もっともその前から僕のほうでも、放課後に踊っていたダンス部の咲江が気になっていた。
「和真はお昼に黙とうできた? 終戦の日の」
皿を出してくれながら、咲江が訊く。
「ああ、ちょうどそのとき、部下の、ほら、まいっちんぐ芙美ちゃんから、クレーム対応の相談受けてた」
「ああ、去年のバーベキューのときに張り切ってた、世話好きの子! ホント、彼女ってクレーム多くてかわいそう。そりゃ、まいっちんぐだよね。あの子もあなたも、大変だね」
「まあね。芙美ちゃん、貧乏くじ引いちゃうんだよね。黙とう、食べる前にするよ」
「うん」
千切りキャベツを、皿に盛る。生姜焼きのいい匂いがして、腹がくうと鳴る。
終戦の日の今日、僕はまたひとつ歳を取った。どれだけ大人なのかはわからない。
それでも守るべき家族があって、守るべき部下がいる。
終戦の日に、大人に……。
遠き日の戦いで、犠牲になった尊い命を思う。
今が戦前になりませんように、心から願う。
いくつもの「生」が紡がれてきたおかげで、毎日がいつも特別な、誰かの誕生日になっていく。
今日も、あしたも――。
了
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