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7 シャンディーガフ【てんびん座】
「この部屋寒くない? 今夜は超冷えるってのに」
ビールとスナック菓子を持ってオレの部屋に遊びに来た柚那が、遠慮なしに言う。
「暖房代、ケチってるな?」
「ちがうよ、エコだよエコ! それに、まだ十月のはじめでしょ。今から暖房に頼ってられませんー」
口をとがらせて反論したものの、実のところ柚那の言うとおり、電気代を節約したかった。
「なにこれ晴輝、手編みのマフラー! 彼女できた?」
こんどはベッドの上に置いていたそれを取りあげ、驚いている。
「母さんにもらった。誕プレだって。オレ、先月、誕生日だったじゃん?」
「へえ、晴輝ママ、器用だなあ」
「料理は全然なんだけど、手芸と片づけは得意なんだよな」
「そっか……」
つぶやいた柚那は、オレにマフラーをぐるぐる巻いてエアコンの暖房をつけると、にらむように言った。
「……衣智香からもらったのかって、焦った。ちがうんだ?」
「まさか、衣智香からは何にも。脈なしかもなあ」
オレたちは大学で、同じバスケのサークルに所属する三年だ。
同い年の衣智香はとにかくかわいくて、オレと柚那はお互いに彼女に片想いをしている。
ちなみに柚那はFtMだ。
つまりは女性の身体に生まれたけれど、心は男性ってこと。
メンズの服を着こなして、髪だってベリーショート。
そりゃ、出会ったときはオレ的には戸惑いもあったけど、今は自然に、柚那は男だと思って接している。
「衣智香ってさ、男女問わず人気あるよね」
椅子に座った柚那が、重たい前髪をいじりながら言う。
「なんていうの、社交的? 自分が人見知りしてサークルでしゃべれなかったころ、気さくに話しかけてくれたし」
照れくさそうな柚那の言葉に、深くうなずいた。
「オレもそう思う。サークルの仲がギスギスしたときは、衣智香がみんなのこと、まとめてくれたよな」
寒い中、ここにはいない衣智香のことを、ふたりで語りあう。
たいしておいしいとも感じない、苦いビールを飲みながら。
蝶を引き寄せる花の蜜みたいに、求心力のようなものが衣智香のあの笑顔にはあると、意見が一致した。
ビールを持て余しながら、オレは柚那に話しかける。
「衣智香さ、バスケは全然だよな。あれ、背が低いせいだって本人は笑ってたけどさ。ケンカも競うことも大っ嫌いだって言うから、そのせいかもな。ボールを取り合う競技、向いてないんじゃね?」
「晴輝、それ言っちゃう? そこもかわいいって」
「だよな。ね、来週の衣智香の誕生日、告るの?」
「は? そういう晴輝は?」
「さあね、どうしよっかな……」
「てかさ、言えないよ! 所詮、自分はこんなだから、晴輝とはスタートラインがちがう」
しゅんとする柚那には、ちゃんとわかってもらいたい。
「こんなとか、言うな。衣智香はさ、柔軟でほっこりした子だよ。柚那のこと、しっかり受け入れてる。だからオレは衣智香を好きになったんだ」
ふっと笑った柚那は「飲みが進んでない!」と、持参したレジ袋に手を入れ、がさごそとさせた。
「ジンジャーエールも持ってきたよ。シャンディーガフにする?」
「柚那、さすが! 衣智香もオレも、好きなカクテル!」
「そう言うと思った。でもね、自分も好きなんだよね」
オレたちにビールはまだ、ほろ苦い。
シャンディーガフが、ちょうどいい。
オレと柚那は、同じスタートラインにいるのだと思う。
てんびん座の衣智香は、ふたりを天秤にかけて、ぐらぐら心揺れたりするんだろうか。
いずれにしろオレたちは、衣智香というまぶしい女神を追いかける、同志なんだ。
了
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