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8 大イチョウの樹の下で 【さそり座】
色づいた木の葉が風に揺れている。
酷暑の夏の暑さなんか忘れるくらい、日に日に寒くなってきた。
今年の自分の誕生日は、二十四節気の立冬に重なる。
その日、確実に自分はまたひとつ大人になる。
誕生日が来れば二十一歳だ。それは果たして本当にレベルアップなんだろうか。
いくらメンズの服を着て髪をショートにしても、この身体が女であることに変わりはない。
男でありたいと、切実に思っているのに。
実にファジーな立ち位置の自分が、想いの丈を好きな女の子に伝えたのは、先月の彼女の誕生日だった。
彼女は衣智香という、同い年の子だ。友だちという関係が壊れるのが怖くて、大学の三年間、ずっと想いを胸に秘めてきた。
なのに、同じサークルで親友の晴輝に恋の相談をされ、その相手が衣智香だと知ったことから、急激に焦った。
自分も好きなんだと、晴輝に白状した。
ライバルとなった晴輝は、自分を憐れむでも、上から目線でもなく、応援してくれた。
「お互い、がんばろう」、そんなことを言って、晴輝のほうでも衣智香の誕生日に告白して……あっけなく散ったらしい。
そうして自分はというと、衣智香とはかなり親しくしているから、ほんの少しだけ期待をしていた。そしてそれ以上に自信がなかった。
傍から見れば女同士なんだ、所詮は。いくら泣いても焦っても、自分は男になれない。
返事は先延ばしにされ、今、こうして呼びだされて待っている。
待ちあわせは神社の境内、樹齢二〇〇年の大イチョウの樹の下だ。
神社で待ちあわせなんて、神さまに立ち合ってほしいのかと思ってしまう。
そんな純粋さがかわいらしく感じられ、彼女にさらに惹かれる要因になってしまう。
二礼二拍手一礼。想いが結ばれますようにと参拝したあとで、イチョウの樹の下に立つ。
茂った黄色い葉が、大きな木陰をつくっている。
太い幹は、いったい何人の大人で抱えられるだろう。
大木を見あげながら、神社にイチョウの樹が多い理由を思いだしていた。
葉っぱが虫よけになるからだったか、落雷があっても燃えにくい樹だからだったか……。
「おまたせ、柚那」
ほがらかな笑みをたたえ、衣智香はそこに立っていた。息を切らしているのは、駅から走ってきたからだ。
ゆるふわパーマの肩までの髪、黒目がちの瞳。
……誰にも渡したくはない。
「えっと、そんな待ってない、全然」
思わず、ぶっきらぼうな声が出てしまった。
彼女は私を見て、顔を赤らめている。
「返事、遅くてごめん。このまま、勢いで言っちゃうね。柚那って何を考えてるか、わからないときがあるの。だから私のこと、嫌いなんだと思ってた」
自分が驚いていると、恥ずかしそうに話してくれた。
「でもね、デリケートなことは抜きにして……私は柚那のこと、大好きなんだよね。それで……」
まっすぐ自分の目を見あえげ、衣智香は言ってくれた。
「私とつきあってください!」
その瞬間、衣智香を抱きしめていた。抱きしめながら、安堵とともに身体の力が抜けるようだった。
想いつづけてきたことは、まちがいなんかじゃなかった。
ふいに一迅の風が吹いた。黄色く色づいた葉っぱたちが舞い散る。
まるで大イチョウが祝福してくれるようだった。
衣智香は今日から、自分だけの女神だ。
了
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