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9 未来を見つめて【いて座】
街はクリスマス一色で、いやに浮ついて華やかだというのに。
こんな季節に、私は恋を失くした。気持ちを伝えないままで。
たいていのことではへこたれず、ポジティブで細かいことは気にしない私でも、ちょっとこれはかなりキツイ。
アルバイト先の年下くんに彼女ができてしまった。
彼は柚那くんといって、居酒屋で一緒に働く仲間だ。
心の中は男性だけれど、身体は女性に生まれた。
とにかく、私は柚那くんだから想うようになったのだ。
もっとも、昨日で二十六歳になった私は彼より五歳も年上だから、あまり本気にならないよう、熱中しすぎないよう、心にブレーキをかけていた。
おまけに、さそり座である彼と、いて座である私の星座の相性は△と、勉強中の本に書いてあった。
それゆえ、深入りしてはいけない、いずれ泣く日が来るのだからと、心に蓋をしていた。
そうであっても、これほど傷が深いだなんて。
どれだけ泣いたか。使ったティッシュペーパー代を、柚那くんに請求したいくらいだ。
こうしてアルバイト中に食器を下げながら、店内にかかるクリスマスソングにも泣きそうになっている。
今月の運勢、自分で占った限りでは〝幸運が降りそそぐ〟だったのに。なんで、どうして。
占星術師の修行中といっても、そもそも私には才能がないんじゃなかろうか。
占い師は十ニ星座の中でも、最後の三星座に多いとかなんとか聞いたことがある。
つまり、やぎ座とみずがめ座とうお座に多くて、いて座の私なんて、およびじゃないのかもしれない。
アルバイトのみんなで海に行った、あの夏がなつかしい。もう去年のことだ。
私は現地に着くころ突然生理がはじまって、だけどどう言い訳をして海に入らないようにするべきか、戸惑っていた。
そのとき、柚那くんが「頭痛いから看病して」と、みんなの前で私に言った。
いざふたりきりになると、けろっとして、やたらと笑わせてくれたのは、柚那くんなりの気遣いとやさしさだった。
そうだ、あのときこっそり、柚那くんは教えてくれた。海を見つめて、輝く瞳で、「イラストレーターになる」って。
「素敵な夢だね」、心から言ったら、柚那くんは私を見て、こう返した。
「夢っていうか、絶対なるから」
あのまっすぐな瞳に、心を射貫かれてしまった。
恋が砕けても、将来について考える力をくれたことには変わらない。
絶対なる、彼のその強い意思と希望と努力に、どれだけ背中を押されてきただろう。
「美月さん、店長が呼んでましたよ」
「あ、はい、ありがとう」
私の名前を、すれちがいざまに柚那くんが発した。
その瞬間、なんだか好きな曲のイントロでも聴いたみたいに、熱いものが身体じゅうにかけめぐる。だったらそのイントロに乗ってしまえ。
「柚那くん、おめでとう。彼女できたって?」
柚那くんは、すぐに笑みを浮かべた。
「そうなんですよ、ありがとうございます!」
「よかったね。じゃ、店長さがしてくるね」
柚那くんが幸せなら、それでいい。
心揺れながらも未来を見つめて、私は占星術師に絶対なる。
なんといっても、私のいて座は、ギリシャ神話の神々の王、ゼウスが守護神なのだから。
恋を失ったけれど、昨日から二十六歳ははじまったばかり。
がんばれ、私。
そして……がんばれ、柚那くん。
了
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