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「下の、『藤懸屋』さんが店頭に飾っている茶碗を借りられないか交渉してきます。
あれなら、十分代わりになりますから。
あと、お願いします!」
藤懸屋に飾ってあるあの茶碗は、美術館からも声がかかったほどの名品だと以前、店長が自慢していた。
それならば割れた茶碗と遜色はないはず。
善は急げとばかりに、なにか言いたそうな彼女を残して足を踏み出す。
「おっと」
「す、すみません!」
部屋を出たところで、男の人にぶつかりそうになった。
「急いでますので、すみません!」
あたまを下げるだけして、走りだす。
いっそのこと、着物の裾をからげてしまいたいが……さすがに、それは。
着物姿でエスカレーターを駆け下りていく私を、周りは何事かと見ているが、そんなこと気にする暇などない。
「す、すみません!
店長さん、いらっしゃいますか!?」
目的の店に飛び込んだら、すぐに店長……ではなく、本社の若社長が出てきた。
「これは咲乃さん。
本日のお菓子になにか不備でも?」
藤懸屋さんには茶会で使うお菓子を卸してもらっている。
この心配は当然だ。
「いえ。
本日のお菓子も大変素晴らしく、ありがとうございます」
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