病があっても

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 拓海(たくみ)は精神的な病を(わずら)っている。病名は統合失調症。症状は、幻聴・幻覚・妄想。幻聴は発病してから約10年経過するが今でもたまに聞こえる。聞こえる内容は、「拓海」と名前を呼ばれたり、「がんばれ」と励まされたり。時には「死んでしまえ」「生きる価値あんのか」という非常にネガティブな幻聴もたまに聞こえる。後者の幻聴が聞こえた時はとても辛い。後は、被害妄想がある。例えば、悪口を言われているのではないか、とか。幻覚はそこにないものが見えたりする症状だが、ほとんど自覚はない。  季節の変わり目の春はやっぱり具合いが悪くなるけれど、何とか堪えて仕事に行っている。仕事は障がい者就労支援事業所で働いている。作業内容は、パンやお菓子を作って店頭で販売している。結構楽しい。一緒に働く仲間がいるということは素晴らしいと感じている。例え、病気や障がいが違っても。だから、最近では調子もだいぶ良くなってきていて、意欲も少しずつ湧いてきている。  今までは、欲しいものがほとんどなくて、でも、服が欲しいとか読書の為に小説や啓発本が欲しいと思っている。極めつけは、拓海も男だから彼女がほしいとまで思うようになった。それを主治医に伝えると、「それは良かったですねえ!」 と、笑顔を浮かべながらカルテに書いていた。  人間の三大欲求である、睡眠欲・食欲・性欲は消えてはいなかったようだ。良かった! 三大欲求のことをネットで検索してみた。すると、それがない人もいるらしい。実際、生まれつきなのか、病気のせいかは分からないけれど、拓海は性欲が弱い。まだ、30歳だというのに。それでも最近は調子が良いお陰か心の支えになる彼女が欲しいと思うようになった。  だから拓海はこんな自分でも結婚をして、できることなら娘が欲しいと思っている。  まずは女性と知り合わねば。どこにいたら知り合えるのだ。料理教室に行けば知り合えそう。花嫁修業や単に料理のレパートリーを増やしたい人が行くのかな、という漠然としたイメージを抱いている。  よし、第1の目的は出逢いを求めること。第2の目的は料理を覚えること。料理の出来る男性はモテるらしいから。それらを狙って通ってみるか。  ネットで地元の料理教室を探した。数軒出て来た。日本料理・中華料理・フランス料理など。お菓子作り教室もある。20代の女性はいるだろうか。多分、いるだろう。  そこで出逢った女性と仲良くなって、「食事にでも行きませんか?」 と誘ってみよう。上手くいけばいいけれど。  今、拓海は実家に住んでいる。両親とは上手くやっていきたいと思っているが、なんせ、父親の喋る声が大きくてうるさい。でも、他に住むところもないし、一人暮らしをするための今の収入じゃ足りない。唯一、障害年金がきちんとした収入だろう。障がい者就労支援事業所のパン屋は障がい者の日中の居場所とみていいだろう。1日にわずかな日当だから。いずれは障がい者雇用枠で働きたいと思っている。  今日は土曜日でパン屋は土日が休み。なので、料理教室がこの町にあるかもう1度ネットで検索してみた。すると4軒見つけた。中華料理教室。拓海は中華料理は作ったことはないが、食べるのは好き。だから興味はある。拓海は、果たしてできるだろうか? と思い一瞬不安になったが勇気を出して電話をしてみた。5回目の呼び出し音で繋がった。  話した結果、体験してみることになった。土曜日に教室を開いているらしい。 「面談をしたいので、いつ来れますか?」 と訊かれたので、「今からでもいいですよ」 そう答えた。相手もOKだという。  早速、行ってみた。建物はレンガの模様の外壁で2階建て。入口はスロープがついていて障がい者も入りやすい作りになっている。拓海は健常者なので、正面の入口から入った。ドアはガラスで出来ていて、一見、開ける時重いのかと思いきや、そうでもなかった。玄関は広く靴箱は10足程入るようだ。もちろん、そこにもスロープがついている。  きっと、料理を教えてもらうくらいだから、参加者は中年の人よりも若い人が多いのではないかと予測できる。  今日は土曜日ではないので参加者はいない。なので、内装を見せてもらった。綺麗に整理整頓してある。フルネームは山形拓海(やまがたたくみ)は、「きちんとしてますね」 と言い好感がもてた。「まあ、料理をする場所だから綺麗にしてないといけないので」 中華料理教室の施設長は加地(かじ)さんという女性。年齢は訊いてはいないが多分40代くらいだろう。  拓海は加地さんに質問した。「だいたい、いくつくらいの参加者が多いですか?」 加地さんは質問を受けたからなのか、パッと花が咲いたように笑顔になった。「そうだねえ、20代から30代が多いかな」 やっぱりそうか! 予測通り、と思った。「そうなんですねー」 と言った。加地さんは、「山形さんはどうして料理をしようと思ったんですか?」 本当のことを言うわけにいかないので、「料理を覚えた方が結婚した時いいかなと思って」 加地さんは、感心したような表情で、「なるほど! 最近ではそういう男性、増えていますよ」 やっぱり。それと共にそこで出逢いを求めている男性もいなくはないだろう。  加地さんは拓海を奥の部屋に案内した。「ここに座って下さい。料金などの説明をします」 拓海は少し緊張してきた。相手が女性だから。「入会金はかかりません。受講料は1回につき、4200円です。休む場合は事前に連絡下さい。具材の量を考えなくてはいけないので」 なるほどと思い、「分かりました。では今週の土曜日から参加したいと思います」 加地さんは変わらず笑顔で、「お待ちしています」 と言った。  4200円か。結構かかるんだな。毎週は行けないな。  拓海は国民年金の精神障害者2級。なので多額の年金が支給されている訳ではない。なので、調子も良いし主治医に一般就労して良いか訊いてみようかな。次の受診日は来週の月曜日。4週に1回受診している。このまま(かん)かいしてくれるといいなぁ。そうしたらもっと仕事も出来るだろうし、経済的にも楽になるだろう。いずれは親元から離れて一人暮らししたいし。  病院に誰か女の子いないかなぁ、その方が手っ取り早いんだけれど。月曜日、病院に行ったら物色してみよう。かわいい子がいれば声をかけてみる。拓海は結構軽いノリだ。まずは病院に行く前に料理教室で物色する。  拓海は父からも、「お前はだいぶ調子いいなら彼女くらい作れ。そのしたらもっと人生楽しいぞ」と言われた。 確かにそうかもしれない。 出逢い場は病院と料理教室。まずはこの2つ。  それから数日が経過し、土曜日になった。料理教室は13時から。緊張する。どんな人たちがいるのだろう。  拓海は支度を始めた。シャワーを浴び、歯を磨き、今は夏だから半袖の白いTシャツを着て、ブルージーンズを履いた。拓海は背が高いので自ずと足も長い。なので、ジーンズも買ったまま履ける。それを羨ましがる友人もいる。太一(たいち)という後輩で年は28歳。コンビニの店長をしている。若いけれどなかなかのすご腕。優しい奴で、拓海のような心に障がいがあっても偏見はないように感じる。今度、太一にも誰かいい子いないか訊いてみようかな。手当たり次第とはこのことだ。  クリーム色のトートバッグにスマホ、財布を入れ車の鍵を持った。母に、「出掛けてくるから」 と声を掛け家を後にした。母は、「どこに行くの?」 という言葉は発しなかった。いつもなら心配しているからか、訊いてくるけれど。まあいい。いちいち訊かれるのも少しウザい気もするし。  約15分で到着した。拓海は方向音痴なので道を間違えてしまい、少し時間をロスした。それでも12時55分に着いたので、遅刻は待逃れた。良かった。  中に入ってみると、既に5名の参加者が来ているようだ。靴の数で分かる。拓海は赤いスニーカーを脱ぎ、靴箱に入れ、スリッパに履き替えた。「こんにちはー!」 と言いながら作業部屋に入った。参加者は若い女性から50代くらいの女性がいた。あと若い男性も1名いた。そこには、一段と目を引く女性がいた。拓海は一目で気に入った。これは一体なんだろう。するとそれを遮るように加地さんが喋り出した。「はい、皆さん。今日から新しい仲間が増えました。山形拓海さんです。拓海さん、簡単に自己紹介をお願いします」 拓海は頭の中が真っ白になってしまい何を話すか思いつかない。黙っていると加地さんは、「名前と年齢だけでもいいですよ」 笑顔で助言をしてくれた。「あっ、はい。山形拓海です。30歳です。よろしくお願いします」 加地さんはニコニコ笑みを浮かべながら、じゃあ、こちらの参加者の皆さんにも自己紹介してもらいましょう。左端からお願いします」 左端の女性は先程目を引いた女性。「佐竹真由(さたけまゆ)です。年齢も言わないと駄目ですか?」 真由は苦笑いを浮かべながら加地さんに質問した。「無理にとはいいません。言いたい人だけ言ってくれればいいですよ」 真由は僕の方を見て、「よろしくお願いします」 と言った。拓海も、「こちらこそよろしくお願いします」 丁重に挨拶した。 残りの4名も順次、自己紹介した。拓海は真由の方ばかり見ていた。加地さんは、「さあ、始めましょうか」 そう言い、参加者も、「はい!」 返事をした。 「今日は料理初心者の拓海さんがいるので、基本的な料理にしましょう。肉じゃがにします」 加地さんの発言をきっかけに皆は行動に移した。相変わらず拓海は真由を見ている。視線に気付いた彼女は拓海の方を見た。思わずニヤッと笑ってしまった。真由は丁寧に頭を下げていた。  こんなに早く気に入った女性が見つかるとは。でも、相手がどう思っているかは分からない。なんせ、参加したばかりだから。  一時間くらい活動し終えた。真由は手際が良いように感じた。「はーい! 皆さん。この辺でやめて試食しましょう!」 それぞれの料理を加地さんの指導のもとに作られた肉じゃがを取り分け食べた。特に真由の肉じゃががとても美味しかった。なぜ、そんなに美味しいと感じたのだろう。気持ちの問題か。  帰る時間になり、「皆さん、お疲れ様です。そろそろ帰る支度しますか。拓海さんは少しだけ残ってもらいますか?」「わかりました」 拓海は答えた。  皆が帰った後、拓海と加地さんの2人だけになった。加地さんは、「今日、初日でしたがどうでした?」 加地さんは僕の顔をまっすぐに見て言った。「楽しかったですよ」「そう。それなら良かった。参加者の方とも和気あいあいという感じでしたね」 拓海は真由とのことを言っているのかと思い、照れくさくなった。「はい、お陰様で。良い人達ばかり」 うんうんと頷きながら拓海の話を聞いている。そして、「それじゃあ、正式に入会するという形でいいかしら?」 加地さんの手元には既に紙とペンが用意されていた。入会書だろうか。「はい」 返事をすると、手元にあった紙とペンを拓海に渡した。やはりそうだった。それに、住所・氏名・年齢・生年月日・参加して作りたい料理などを記入していった。それを加地さんに渡した。「ありがとう」 と穏やかに加地さんは言った。拓海は、「よろしくお願いします」 丁寧に言った。「こちらこそ」 加地さんも言う。  太一にLINEを送ろう、女の子を紹介して欲しいという内容の。  今は15時過ぎ。仕事中だろうか。あいつの行動パターンは分からない。だからLINEの返事を待つしかない。  16時30分になり太一のLINEの返事が来た。本文は、<いいっすよ。今夜ならおれは空いてますよ。でも、女はどうかわからないけど> 相変わらずいいやつだ。拓海は、<女に訊いてもらえるか? 急かもしれないし><わかった。彼女欲しくなったんすか?> 図星だったので拓海は苦笑いを浮かべた。<まあ、病気もだいぶ回復してきて、意欲も湧いて来たのさ> 少し間があり、<それは良かったっすねえ!> 太一は拓海が嬉しがると一緒になって喜んでくれる。<ちなみに太一は何時頃なら都合がいいんだ?><20時頃ならいいっす><そうか。あとは女の都合次第だな><そうっすね>  料理教室で気に入った子を見付けたというのに、拓海はそれとは別に探している。自分でも手探りな状態でこれでいいのだろうか? という疑問を抱きながら。  19時頃になりLINEが来た。拓海はちょうどシャワーから上がったところだった。  LINEを開いてみると太一からだ。本文は、<女は、香織っていうんすけど、今日は無理みたいっす。明日なら良いみたいっす> 残念、明日まで待つか、と思い、<そうか、わかった> と返信した。なかなかタイミングが合わないなぁ、と思った。まあ、仕方ない。明日まで待つか。  どんな子なんだろう、楽しみだ。拓海は可愛い子より綺麗な子が好き。欲を言えば、綺麗でエッチな子なら最高。  でも、拓海は思った。(こんな僕に理想通りの相手が見つかるとは思えない)と。更に、(病気もあるから疲れやすいし、呆れられるだろう) 急に拓海はネガティブになってしまった。一体、どうしたのだろう。少し調子が下り坂になってきた。こんなんじゃ女に会えない。どうしよう。  拓海の場合、急だから困っている。こういうことがたまにある。今夜は明日に備えて早く寝よう。  翌日。朝8時頃にLINEがきた。相手は太一だった。本文を見てみると、<拓海さん、ゴメン! 今日、彼女が札幌に連れてって欲しいと言うから彼女紹介出来ないと思う。また、今度にしてほしい> 今度はこれか、どいつもこいつも……。拓海はだんだん腹がたってきた。なので、<やっぱり紹介してくれなくていいわ!> 断った。すると、<えっ、怒ったんすか?> と来た。なので、<そりゃ、何度も断られたら頭にもくるよ!> 少し間が空き、<紹介は必ずするよ。女が拒否らない限り> 本当かなぁ、と疑いの念はあったものの、もう1度だけ太一を信じてみることにした。だから、<わかった、女と日取り調整してくれ。僕はいつでもいいから> すぐに返信は来た。<わかりました。日程が決まり次第LINEするね!><わかった> これで一旦LINEは終わった。あとは太一からのLINEを待つだけだ。果たしてどうなるか。  夜7時を過ぎ、太一からLINEがきた。内容は、<会ってくれるそうですよ! 良かったですね><ありがとう! いつ?><友達とは日程がまだ分からないということなので、日程が決まり次第LINEをくれるそうだよ> 信じて待って良かった。その女とどうなるかは分からないけれど。  翌日の夜。太一からLINEが来た。<女友達からLINEが来て、今週の土曜日なら会えるそうだよ> という内容。拓海は喜んだ。やっと会える! と思って。<わかったー! ありがとう! ちなみに何時に集まるの?><8時くらいがいいらしいよ><どこで?> 拓海は質問を続けると、<拓海さんが紹介して欲しいって言うから日程組んだんだから、どこで何をするかくらい考えて下さいよ> ガツンと言われたので少しショックを受けた。<そ、そうだよな> 思わずどもってしまった。こういうところで気の弱さがバレてしまう。まあ、仕方ない。拓海は考えてLINEを送った。<僕は中華が好きだから中華料理を食べに行かない?> すると返信がすぐに来た。<俺も中華は好きだよ。でも女友達が何て言うかだね><まあ、そうだよね。じゃあ、中華で良いか訊いてみてくれ><もちろんだよ>  土曜日になり今日は料理教室がある日。真由は行くのだろうか。何だか太一が紹介してくれる女と真由と二股をかけているような気分。これでいいのかな。まあ、今のところはいいか。2人と付き合っている訳じゃないし。  今日も13時から料理教室は開かれる予定。真由にも会いたいので行って来る。出費はかさむけれど、彼女に近づくためだ。それにまだ2回目だし。8400円かかる。また来れたとしても、今月はあと1回が限度だろう。個人的に会えれば一番良いけれど、そこまでの交流がまだない。  母と2人で昼食を摂り、少し早いがブルーのTシャツとハーフパンツを履いて、いつものようにトートバッグに財布とスマホを入れ、車の鍵は手に持ち12時30分頃出発した。  今日は何を作るのだろう。一覧表でもないのかな、行ったら訊いてみよう。車で前回と同じように走り、到着した。  施設には既に真由は来ていた。さすが、早い。「こんにちは!」 と声をかけると、真由は笑顔で、「こんにちはー!」 元気よく挨拶してくれた。嬉しい! やっぱり真由は綺麗だ。拓海の好みのタイプ。心も綺麗な感じがする。 「今日は何作るんですかねー?」 真由は不思議そうな顔をしながら、「あれ? メニュー表もらってないんですか?」 そう言った。「ええ、もらってないです。やっぱ、メニュー表あるんですね」 拓海は苦笑いを浮かべながら言った。「ありますよ。私の見ますか?」 親切な人だと思った。「見ます」 拓海は紙を受け取り見てみた。今回はかつ丼のようだ。彼は作れるだろうか。そんな不安が一瞬過った。「加地さんに言ったらもらえますよ」 真由に紙を返しながら聞いていた。「そうですか、わかりました。真由さんはここに通うようになってどれくらい経ちますか?」 彼女は瞳を上に向けて思い出している様子。「そうですねえ、2カ月くらいかな」 意外だった。「へー、そうなんですね。もっといるのかと思った」 真由は吹き出した。「なので、まだまだ修行が足りません」「それは僕も同じです」 そう言って2人で笑った。明るい女性だと思った。  真由は彼氏はいるのだろうか。もしくは既婚者だろうか。好意を寄せている拓海にとっては気になることだ。何気なく訊いてみようかな。 「ところで真由さんはお付き合いしている男性はいますか? それとも既に結婚されてますか?」 彼女は不思議そうな顔で拓海を見ている。「どうしてですか?」 そう言われ焦った。「いやあ、ちょっと気になったので訊いてみました。気に障ったならすみません」 真由も焦った様子で、「いやいや、そんなことないですよ。大丈夫です!」 彼女に会うのは2回目だが、印象は優しそうで心が広い。素敵な女性だと感じる。真由の拓海の印象はどうなのだろう。もし、悪い印象ならと思うと怖くて訊けない。まあ、それはおいおい訊くことにしよう。  加地さんが奥の方からやって来て、「今日はラーメンを作りますよ」 拓海はラーメンが好きだ。味は、味噌・塩・醤油・豚骨が好き。北海道なだけに味噌が1番好き。白みそ・赤みそとある。彼はどちらかと言えば白みそが好み。地元にもラーメン屋は数軒ある。たまに食べに行くが、やはり美味しい。それ以上の美味しいラーメンを作れるのだろうか。「わかりました」 拓海はふと思ったことを口にした。「加地さんは調理師免許は持っているんですか?」 彼女はニンマリと笑みを見せ、「持ってますよ、どうして?」「いや、ちょっと気になったもので」 真由は、「加地さんは中華料理店を営んでいるんですよ」 言った。拓海の反応は、「へえー、そりゃ凄い!」「凄いよねー」 拓海は感心してしまった。  他の参加者も2人きた。「こんにちはー」 と拓海と真由は挨拶した。2人も、こんにちは、と挨拶してくれた。「今日は4人ね、さあ、始めますか」 拓海は、「よろしくおねがいします」 と言った。  今回の料理教室は15時前に終わった。「ラーメン美味しかったですね!」 真由は拓海に話し掛けた。珍しい。でも、嬉しかった。「そうですね」 本音はラーメン屋のラーメンほどではなかったと思ったが、そんなことは言える訳がない。拓海自身が作ったラーメンはまずいのではないかと思ったけれど意外に美味しかった。  拓海は思った。料理教室で教わった料理を真由さんに作って食べさせてあげたいな。下手だとは思うけれど。なので、帰り際に、「真由さん、今いいですか?」「はい」「料理教室で習った料理を真由さんにご馳走したいんだけど食べてくれませんか?」 真由さんは驚いた様子。「あっ、急でびっくりしましたか?」 彼女は苦笑していた。「いえ、そんなことはないですよ。でも、どこで作ってくれるんですか?」 そのことは考えていなかった。「そうですよね。僕の家で作ろうと思いこんでいました。会って間もないのに男性の家に来るのは抵抗ありますよね」 真由さんは、またもや苦笑いを浮かべていた。「まあ、たしかに」 否定されなかったので少し気まずかった。「拓海さんは良い人だとは思いますけど、もう少しお互いのことを知ってからにしませんか?」 確かにその通りかもしれない。「そうですね。分かりました。では、外食はどうですか?」 真由さんはパッと花が咲いたように表情が明るくなった。「それならいいですよ!」 拓海は心の中で、「ヤッター!」と叫んでいた。「何にしようかな。ハンバーグもいいなぁ。あと焼き鳥も食べたい!」 拓海は肉が好き。豚肉・鶏肉・牛肉など。真由は何が好きなあのだろう。訊いてみようかな。「真由さん。真由さんの好きな食べ物って何?」 彼女は意表を突かれたような顔をした。「そうですねえ、ラーメンやお刺身が好きですよ」 同じだ! と思い、「僕もラーメンや刺身は好きですよ。焼肉も好きですけど」 真由は気付いたように、「あっ! 焼肉も良いですよね!」「うん!」 「お刺身食べに行きませんか?」 拓海が言うと、「いいですね! 行きますか」 彼女は言った。「いつなら真由さんは都合がいいですか?」 そう訊くと返事はすぐにくれた。「明日ならいいですよ」 ちょうどいいと拓海は思ったので、「では、明日いきますか。何時頃ならいいです?」 真由は考えている。「夜7時頃なら大丈夫だと思います」「じゃあ、その時間で待ち合わせしますか」 どこで待ち合わせしようか拓海は考えている。すると彼女は、「私がたまに行く居酒屋に行きませんか? そこなら慣れているので行きやすいです」「そこにいきますか!」「はい、一応、連絡先交換しておきますか?」 真由のほうからそう言ってもらえた、嬉しい!「そうですね」 拓海と真由はLINEを交換した。「じゃあ、皆帰っちゃったから帰りますか。長居しても加地さんに悪いし」真由は言った。「話の続きはLINEでしましょう」 拓海がそう言うと、「はい!」 元気に彼女は返事をした。そう言って拓海と真由さんは帰った。  拓海が帰宅すると同じくらいに太一からLINEが来た。<例の彼女の話だけど、明日の夜ならあいてるらしいよ> えっ! 明日の夜!? その日は真由さんと食事をする予定。これからどうしよう。太一の紹介断ろうかな、悪いけど。それとも、真由と上手くいかなかったら会おうかな。それは都合良すぎかもしれないけど。<ごめん、明日の夜は用事あるのさ> これで駄目になるならそれまでの人ということ。仕方ない。<今回逃したら次いつになるかわからないよ?><うん、それでだめなら仕方ないよ> 少し間があってから、<もしかして、好きな人出来たの?> よくわかったな、と思った。<正解! でも、まだ付き合っているわけじゃないから、その子には言わないで欲しい><もしかして、フラれたら場合に備える、ということ?><まあ、そんなとこ><それは失礼じゃない?> 拓海は図星だったので答えに詰まった。<確かにそうだよな。どうしよ><好きな人がいるなら断ったほうがいいんじゃないの?> やっぱりそう思うか。でも、もったいない。そう伝えると、<まあ、いいけどよ。好きにしてくれ。一応、明日は無理と伝えておくよ><了解>  太一や例の子に悪い事したかな。拓海の都合で動いてしまって。でも、拓海は「まあいいか」と思う事にした。いつまでもグチグチ悩んでいても仕方がないし。  真由にもLINEしたいので、本文を書いて送信した。内容は、<さっきの途中だけど、どこの居酒屋に行きますか?> 返信があるまでには約1時間くらいかかった。何をしていたのだろう。まあ、それはいいとして本文は、<緑町に1軒、コンビニあるじゃないですか。そこで、夜7時に待ち合わせですね。出来れば、車で来て欲しいんですけど駄目ですか?> 拓海はそれを読んですぐに返信した。<だめじゃないよ! 車で行きますね>  その夜、太一から電話が来た。例の女の子の件。『さっき、断ったんだけど凄く怒っちゃってさ。謝れ! て言うんだ。拓海さん、もし例の女の子と今後逢う気があるなら謝ってくれないかい?』「謝る? それなら逢わなくてもいいよ」 太一は随分あっさりしているな、と思った。それを拓海に伝えると、確かに「あっさりしている」と、言われたことは間違いない。だって会ったこともない人にいきなり謝れ、と言われて謝る程お人好しじゃない。それにそんな気性の激しい女性は嫌だ。真由のように穏やかな女性が良い。  翌日の17時30分頃、拓海は出掛ける準備を始めた。シャワーを浴び、少し香水を体にかけ、赤いTシャツにベージュのカーゴパンツを履いてナイキのラインが赤く、その他は白いスニーカーを履いて家を出た。母には「出掛けて来る」 伝えると、「行ってらっしゃい」 母は拓海がもう子どもじゃないからか、干渉してこない。彼にとっては都合が良い。  拓海は親に買ってもらった新車でブルーの乗用車に乗り、約束の待ち合わせの場所に向かった。  到着した時刻は18時50分頃。真由はまだ来ていないようだ。車道に車を停めておくのもまずいと思ったので、コンビニの駐車場に停め、車から降り店内に入った。飲み物でも買おう。真由と拓海の分。真由には緑茶、拓海は缶コーヒーを買った。緑茶は体内の悪い菌を殺してくれるらしい。コーヒーはガン予防。19時を少し回ったところで黒いタンクトップにデニムパンツという料理教室では見られないような服装で真由は現れた。肩を露わにしているので色気もある。思わず生唾を飲んだ。拓海は車から降り、彼女に声を掛けた。「真由さん」 彼の声に気付き、振り向いた。 真由さんは満面の笑みでこちらを見ながら手を振っている。 拓海は、「車に乗って下さい!」 半ば叫ぶように言った。「はい!」 真由は相変わらずハキハキとした口調だ。好印象。拓海は真由に居酒屋までの道のりのナビをしてもらった。車内で、「この居酒屋は結構来るんですか?」 拓海は質問した。すると、「たまに、友人と来ますよ」 友達というのは男性だろうか? それとも女性だろうか? 気にはなったが訊かなかった。もし、男性なら疑いの念を持ってしまうから。「勘違いしないでね、ここにくるのは女友達か一人で来るかだから」 彼女は拓海の気持ちを察してそう言ったのだろうか。もしそうなら凄い。それでも拓海は安心したし、彼女の気遣いは嬉しかった。  居酒屋の外壁は黒い。自動ドアの入口から入り店員は、「いらっしゃいませー!」 と大きな声で迎え入れてくれた。スカッとして気分が良い。店員がやって来て、「いらっしゃいませ。2名様ですか?」と訊かれたので、「はい、そうです」と答えた。その店員は席まで案内してくれた。「こちらのお席にどうぞー」 そう言われ座った。「ご注文がお決まりになりましたたらそちらのボタンを押して下さい」「わかりました」 真由は返事をしてくれた。彼女は拓海にメニュー表を見せてくれた。刺身の盛り合わせと鶏の唐揚げとカルピスを拓海は選んだ。彼は今度は真由にメニュー表を見せた。「お酒飲んでいいですか?」「どうぞ」 その為に拓海に車で迎えに来るよう頼んだのだと思うから。「私は、まずビールと焼き鳥と刺身の盛り合わせにしようかな」 決まったので拓海はボタンを押した。「はーい! 今行きまーす!」 威勢の良い店員の声。そういう声を聞くと気分が良い。「2人なので何だか緊張します」 真由はそう言った。拓海は、「確かにそうですね」 と言った。「でも、慣れてくるとは思いますけどね」「はい」 そうこうしている内に店員が注文を聞きに来てくれた。拓海はさっき2人で選んだメニューを伝えた。すると、「少々お待ち下さい」と言って去って行った。  待っている間、拓海は真由とお喋りをした。「真由さんは何品くらい料理のレパートリーがあるの?」「そうですねー。10品以上はあるよ」「そいつは凄い! 流石、真由さん」「いえいえ、毎回参加していれば自然とレパートリーは増えるよ」 なるほどと思い、「そうですよねー」「男性が料理をするのって素敵だと思います」 真由さんは嬉しいことを言ってくれる。「ありがとうございます!」 彼はお礼を言った。「真由さんは男性に何を作ってもらいたいですか? 例えば僕だとしたら」 拓海はリクエストをもらおうとしている。そしてそれを作って食べてもらって、彼は高評価をもらおうという魂胆。食べてもらうのはいつになるか分からないけれど。「そうねぇ、カレーかな。私、カレーが好きなの」「そうなんだ。じゃあ、今度僕が作ったカレーを食べてくれませんか?」「そうですね。もっと仲良くなったら食べさせて下さい」 真由は俯きながら、笑みを浮かべながらそう言った。  拓海はいつ告白しようかと考えていた。でも、タイミングは今じゃない。  それから彼は今回以降、数回誘って遊んだ。カラオケや、お酒を飲みに行ったりしていた。  そして、ようやく拓海の住んでるアパートに真由を呼ぶことに成功した。以前、話していた通り、彼がカレーを作った。だが、少し水っぽくなってしまった。作り直そうかと思って彼女に味見をしてもらったら「美味しい!」と言ってくれた。ルーの固さを訊いたら「確かに少し緩いけれどそんなに気にならないよ」と言ってくれた。素直に、嬉しい! と思った。  ご飯を炊くのを忘れていた。すると真由に笑われた。恥ずかしい。「それもご愛嬌だよ」とフォローしてもらった。これも嬉しかった。  ご飯が炊けて大き目の皿によそい、ルーをかけた。拓海は皿にいっぱいで、真由は拓海の3分の2くらい。2皿をテーブルの上に置いた。部屋の中は真由が来るというので片付けて掃除もしておいた。 「食べよう!」と真由に声を掛けて、彼女は「いただきます」と言った。「うん、美味しい」と言ってくれた。「料理教室で習った成果出てるかな?」 彼は訊くと、「出てるよ!」 そう言われ、嬉しいことばかり。確かに旨いと我ながら思う。タイミングは今か? と思い、「真由さん」 真剣な表情に変わったので、「はい」 2人の間に緊張が走る。「ぼくと、僕と付き合って下さい。好きなんです!」 彼女は僕から目線を外した。駄目なのか、と思って拓海は俯いていると、「いいですよ」 と笑顔で返事が来た。 拓海の表情も満面の笑みになり、「本当ですか! やったー!!」 感無量だ!!  こうして2人の恋愛は始まった。果たして上手くいくだろうか。真由は拓海の傍に来て座った。拓海も真由も心臓がはち切れそうなくらい鼓動は高鳴っていた。                            (終)
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