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 過去のお話。  幼少期の拓海と沙也加の姿。拓海が小学二年生、沙也加が幼稚園年長組の時の光景。  公園で遊んでいる二人、砂場で砂山を作っている。 「お姉ちゃんトンネルの穴掘って、そっちから」 「どうかな、つながった? 拓ちゃん」 「全然繋がらない、まだ掘らなきゃ」  細い腕で砂山に穴を掘っていく拓海。逆側から沙也加も同様に掘り進めていく。 「あ、お姉ちゃんの手が触れた、触れたよ」  満面の笑みで沙也加を見やる拓海。拓海同様に沙也加も笑顔を浮かべている。  ギュッと握る小さな手と手。幼い子供の手。  拓海よりも二歳年下の沙也加、この頃からお姉ちゃんと呼ばれている。違和感は特別感じない、まだ二人が幼いからだろうか。  砂山遊びを終了し仲良く手を繋いで帰宅する光景。  夕日が二人を照らし、オレンジ色に輝く二つのシルエット。小さな影を地面に作り細かい歩幅で歩いていく。妙に懐かしさを感じさせる原風景。  この頃の二人の身長差に変わりはない、同じぐらいの背丈。小学校高学年頃に女である沙也加は一旦拓海の身長を追い越す。女の方が成長は早い、早熟な果実となって一旦男を追い越す、その後に男は追いつき女を追い抜いていく。  夕日がまだ沈む前に幼い二人は自宅に着き靴を脱いでいく、台所からは夕飯のいい匂いが微かにし、エプロン姿のまだ若かった頃の母親足元まで駆け寄りご飯はまだかと催促している。  この頃まだ定年を迎えていなかった父親。仕事が遅くなると母親に連絡があった。夕方六時頃の一つの家族夕食の風景。定番のカレーがリビングテーブルの上に三皿分置いてあり、他にカレー皿が一皿ラップをかけて隅っこに置いてある。 「いただきます」  拓海と沙也加は二人仲良くそう言うと、嬉しそうな表情を浮かべながら定番の味を子供の舌で感じ取り胃袋に収めていく。 「お姉ちゃんティッシュ取って」  拓海にそう言われ素直にティッシュ一枚を近くのティッシュ箱から取り出し渡してやる沙也加。 「ありがとう」  母親が微妙な表情で二人をそれぞれに見やる。先に産んでやったのが拓海の方で後に生まれたのが沙也加。しかし拓海は妹のことをお姉ちゃんと呼ぶ。やはり少しおかしいのではないかと感じ始めている母親。 「ねえ拓海、沙也加は妹でしょ、妹、分かる?」  首を静かに横に振る拓海。 「お姉ちゃんだよ、沙也加お姉ちゃん」 「じゃあ、沙也加にとってあなたは何になるの? 弟、お兄ちゃん?」 「お母さん本当におかしなことだと思っているの、お父さんとも話し合ったんだけどやっぱり拓海、あなたは沙也加のことをちゃんと妹と呼びなさい」  不安げな表情に変わりまたしても首を横にふる拓海。 「沙也加はお姉ちゃんじゃないの……?」 「拓ちゃん心配しないで、沙也加はお姉ちゃんでもいい、拓ちゃんは沙也加の弟、沙也加はお姉ちゃん」  隣に座る拓海を気遣って励まそうとしている六歳の女の子、この光景からしても立派な姉に見える。  頭を抱え静かにうなだれる母親。自分の教育が間違っていたとは思えない、何かがおかしい、どこで間違えた。拓海と沙也加は二歳違いの兄弟、確かに言えることは兄と妹の関係、先に生まれたものが兄や姉になる。  白けた雰囲気に様変わりした夕食の光景は父親が帰ってくるまで続き、この日始めて拓海は父親に頬をぶたれた。  異常な考え方を持つ息子に手をあげた父親。異端者として育てていくには覚悟が必要だった。それよりも考えを直してやり正しい道へと歩ませてやる、それが親の務めだと思った。  泣き叫ぶ拓海を心配そうに見守る沙也加。兄であり弟でもあるその小さな存在を、姉であり妹でもある小さな存在が気にかける光景。お互い六歳と八歳の年齢、両親の考えも分からなくもない、矯正するに越した事はない。 「拓ちゃん泣かないで、お姉ちゃんも悲しくなってきちゃうよ、涙を拭いて」  なだめられ落ち着きを取り戻した拓海は、服の袖で涙を拭い沙也加の顔を真正面から見やる。  優しく微笑むその姿に、やはり目の前の女の子は自分の姉だと実感する拓海。妹には到底見えない、どうしても自分よりも年上に見える。  これがあと数十年後に自室ロフト部分で首を吊るのだから世の中はどうも分からない。白いドレス姿で首だけで全体重を支え、鬱血した顔面に少しの微笑み。拓海の姉として死んでいった事実。妹として死んでいったわけではない。  悪いものが成長するに従って積み重なっていき、ある日突然静かに爆発した。あの日の白い天井が引き金となって、朝日差し込む白い空間で自殺を決行した沙也加。拓海のせいだけではないのだ、色々なもの、その他大勢の色々なものが積み重なり一気に爆発した。  心の弱さは弟である拓海に見せたことはなかった。頼れる優しい姉を演じていた。それもやはりキツかったのかもしれない。気の休まらない自宅。兄は姉として接してくる。歪んだ兄弟の絆となって間違った方向に進み、結果それは爆発した。  いい人ほど自死を選ぶ。優しい人ほど耐え切れなくなる。いつもニコニコしていた沙也加の心奥底のドス黒いモノ。石油みたいな粘着性の強いその黒いモノ。流動的に形を変え心奥底に溜まり溜まり溜まり、一気に吹き出て。最後にはあの微笑み。首を吊った状態で。  あの微笑みは自信を持って言える。綺麗だと言わざるおえない。
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