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 享年二十二歳だった姉。  大学四年生だった。就活で忙しく企業を訪問し全てに落ち続けていた日々。  不採用通知だけが何通も溜まる中で、ここでも心は静かに沈んでいき、溺れ、もがき、苦しみ、それでいて家族の前ではニコニコしている優しい姉を演じる。  採用に至らない明確な理由がどうしても分からなかった。見た目や雰囲気で損をしている感は全くない、受け答えも完璧、仕草や細かな所作でも減点になる箇所は自身でも見受けられなかった。  自分自身が分からなくなっていた沙也加。もしかすると世間に自分は必要ではない存在、不必要な邪魔者なのかもしれない。そう静かに考え始め、どんどん心は蝕まれていった。  面接帰り。暗い夜道をスーツ姿で歩く沙也加の姿。  頭上の満月が嘲笑っているかのようで、ムカつく表情を見せている。どう見たって正解の丸の形なのに自分にはバッテン印のバツの烙印を押してくる頭上の満月。  初夏の風が本来ならば心地良いと感じるはずなのに、この日はいらない風となって沙也加の白い頬を風が撫でていく。 「死のうかな」  呟いた一言。  命を自ら断ち切って人生の幕を下ろす、主役にもなれなかった、脇役にもなれなかった、背景画にすら映っていないのではないだろうか。そう考え始めると自殺が一番の賢い選択肢だと思えてくる。 「自宅ロフトの鉄柵に」 「首を括って」  リアルに想像し首元が熱くなってくるのがわかる。呼吸ができなくなってもがき苦しむ自分を想像した。  二十二歳の自分。仕事も恋愛も家族関係も何もかもが嫌になって、もう何処かへ去りたい気持ちでいっぱいだった、生きるのがこんなに難しかったなんて。自分の死を悲しんでくれる家族や友人はいるだろうか。そのどれもが今の沙也加には必要のない人達ばかりで。  幸せな結婚生活を夢見ていた昔の自分、白いウェディングドレスを着てバージンロードを歩く。家族が友人が多く式に出席してくれて笑顔で溢れるそんな結婚式。  難しい。本当に難しい。世間でこれを普通に行っている人達が大勢いると思うと途端にめまいがしてくる。はっきり言って異常だ、狂ってさえいる。  自宅一軒家が見えてきて表情を普通に戻し、にこやかな笑顔を作る沙也加。作り笑い。紛い物の作り笑い。  家に帰るのが正直怖い。できれば帰りたくない。自分の居場所はここには無い。  兄がこう言うんです。 「お姉ちゃん」  狂っているとしか言いようがない。実の妹を姉として見てくる可哀想な兄。先に生まれたのに弟面。  多分。好きか嫌いかで言ったら。  嫌い。  いや苦手、本当に苦手、それでも笑顔を振りまかなければならない姉の務め。  あの人は多分私。凄く苦手。
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