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過去のお話。
拓海十五歳。沙也加十三歳。
同じ中学校に通う二人。廊下を歩く沙也加に拓海が後ろから話しかける。
「お姉ちゃん、今日一緒に帰ろうよ、校門の前で放課後待ってるから」
友達と一緒に歩いてた沙也加は苦い顔をする、静かに頷き拓海から離れていった。
「ねえ、沙也加って弟いたんだ初耳」
「う、うん、話してなかったっけ……」
「随分背の高い弟さんだね、170センチ超えてるんじゃない?」
「そんなことないよ」
謙遜し同時に萎縮する沙也加。その暗い表情が中学校生活のあまり楽しくない思い出となって心に刻みこまれていく。
桜舞う四月。中学校に入学したばかりの沙也加の災難、これから待ち受ける兄が卒業するまでの一年間の苦行。誰にも言えない秘密。あの人は弟なんかじゃない。実の兄、血の繋がった兄。
予想通り放課後の校門近くで拓海は沙也加の到着を一人待っていた。うんざりした表情を隠しつつ兄の元へと向かう沙也加。
「一人じゃ心配だから、お姉ちゃんは僕がこれから毎日家まで送ってあげる」
「ねえ拓ちゃん、やっぱりみんなの前でお姉ちゃんって言うの止めよ、変だよ」
静かな表情で姉を見つめる弟、そのつぶらな瞳が嘘偽りのない真実となってそこに存在し続けている。姉を想う弟。実際に姉だと信じ込んでいる。
「お姉ちゃんじゃないの? 僕知ってるよ沙也加はお姉ちゃん」
小さくため息を吐く沙也加。もう何を言っても無駄なのは分かっている、だが学校でお姉ちゃんと言うのは本気でやめて欲しかった。
ここでも夕方の光を浴びて帰宅する風景。手は繋いでいない、もう沙也加は十三歳という年齢、兄と手を繋ぎたくない気持ちも分からなくもない。
帰り道に沙也加が拓海に問う。
「そんなにお姉ちゃんに見える? 拓ちゃんの方が背もずっと高いのに」
笑顔で頷く拓海。
「僕に沙也加は妹には見えない、お姉ちゃんにしか見えない」
ふ~んと小さく頷く沙也加。
「そっか」
夕日に照らされたシルエット。地面に映る影は一方の方が大きい。凸凹の存在となって黒いアスファルトに映り続ける。
夕食後の光景。
浴槽お湯に浸かり日頃の疲れを癒していく中学一年生女子。
湯船に肩まで浸かり首元をじんわりと温めていく。長い黒髪をお団子で束ね束の間のひと時を堪能する光景。
色々と考えてしまう、これからの事。
お兄ちゃんがあのまま私のことを姉として認識していく世界。正解のない虚構の世界となって不思議の国に迷い込んだかのよう。あの人は頭がおかしいのかなとも少し思う、思っちゃいけないけど思ってしまう。
大きくため息を吐いて浴槽から上がり体を拭き自室へと戻る。
自室ドアがほんの少し開いていた。
些細な差となって一気に沙也加の胸を締め付ける。心臓の鼓動がドラムのように鳴り響き今にもえずきそうになっていた。
静かにドアを開くといつもと変わらない自室風景が姿を現す。
即座にタンスに向かう。
下着類をしまってある段を開けた。
やはり数が合わない。一枚取られた、あいつに。
体が震えているのが自分でもよく分かった。寒くて震えているのではない、本当にこんなことあるんだなあと。冷たい恐怖となって沙也加の首すじを撫でる。
お風呂で暖まった体はもう冷め切っていた。
あの人はやはり頭がおかしいんだなあと思った。
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