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 今制作に取り掛かっているこの漫画作品を漫画新人賞に応募すると決めた。  選考者の度肝を抜く圧倒的な作品を作ってみせると誓った。俺は類いまれな画力と話のセンスを兼ね備えている。日頃の訓練の賜物だ。努力はいつか報われる、報われない努力はそいつが努力をしなかっただけだ。  生まれ持った才能で勝負をするということも俺は嫌いだ。才能なんてある人はきっとこの世には存在しない。好きで続けられることが才能という言葉で片付けられている気がしてならない。  俺は漫画が好きだ、漫画を描くことも好きだ、俺から漫画を取りあげたら何が残る、きっとただの老人みたいな生活が待っているだけで何も生活は向上しない。  絵とストーリーの二刀流。それが漫画。  絵でわからせることもできるし、ストーリーでわからせることも可能。その両方合わせたものでも可能。  動かない静止画となってそこに存在しているが、漫画は動きを出すことができる。  走っている連続した躍動の姿、鬼気迫る戦闘のシーン、相手を静かに見つめている二つの瞳、摩天楼頭上から思いきりダイナミックに飛び降りる次元能力者。そのどれもが動きを持っている、そこにお話という名のストーリーが合わさり、囲みセリフ吹き出しで実際にキャラクターが言葉を発する。  もう一度言う。俺は圧倒的な画力センスを兼ね備えている、プロにも引けを取らない優秀なものだ、そこに俺の考えた独創的なお話の数々が華を添えてゆく。  コマ割りの一つにしたって配置次第で見方がだいぶ変わってくる。視線誘導の為の効果的な台詞位置、次ページをめくらせる左下最後のコマの重要性、全体で見た場合の白と黒のバランスの良さ。  俺の武器はベタ塗り黒にあると思っている。画面を引き立たせる黒の落とし込みが自分で言うのもなんだがセンスの塊。  漫画とは基本的に黒と白との融合作品だ、白黒でお話を表現する創作物。紙芝居を元にした日本独自の伝統技能、絵柄で読者を引き付けてセリフで読者を魅了する。非凡な才能では到底太刀打ちできない漫画という名を模した神に似た存在。薄い紙の中に神が宿る、魂の一作が世界を熱狂させる。  コマという箱型の世界に映写される群像劇、キャラクターがセリフを喋り自由に躍動する活劇。必要なモノは白と黒のバランス、線の強弱、魅力的な設定、魂の籠もったキャラクター、台詞という作者が作り出した言葉。  何を隠そうこの作品の沙也加は私の姉がモチーフになっている、あそこまで優れた人物を私は知らない。才色兼備、人に優しい、差別をしない全てを受け入れる寛大な心。  魅力的なキャラクターに仕上がったと太鼓判を押せる、船出の準備は整いつつある。あと数ページで完成間近、この作品を見て人々はどのような感想を持つのだろうかと今から胸の高鳴りが抑えきれない。  黒インクのついたGペンを漫画原稿用紙に走らせる。  コマ割りされた四角い空間へ筆先を大胆に華麗に挿入し描いていく現在の俺の姿。沙也加の寝姿を描いている、ベットに横たわる儚い姿、窓からの淡い光が沙也加の柔らかそうな白い頬を明るく照らす。  白いシーツに沙也加の黒く長い髪、陰影描写をこれでもかと発揮しシーツのシワ部分と滑らかな細かい黒髪を表現していく。  空間となって確かに存在しキャラクターとなってはっきりと描かれる。コマの中の沙也加は寝息を立てていない、寝ているフリをしているだけ、頭は起きている。  次のコマで印象的なシーンが描かれることとなる。  お腹をさする沙也加。  これは事実とは異なる描写、俺のエゴが産んだ副産物的事象、しっかりと優しくお腹をさする沙也加を目を血走らせながらGペンで描いていく俺。  白綿のような陽光が辺り一面に降り注ぎベット上の沙也加を確実に浮き上がらせていく。コマから浮き上がったそれは漫画原稿上ではまるで3D映像のように僅かに飛び出る。沙也加を取り囲む周りの黒いフチ部分。  ここでもやはり静かに微笑んだ沙也加の表情。何を思い何を考え微笑む。未来のこと過去のこと様々なことを思い静かに微笑む。  もう二コマで完成。左下に空白二コマがあるのみ。俺の卓越した技量がここから試されることとなる。  最終コマで作品の余韻が決まる、今の俺にとっては大事な局面。  線を描く。線で描く。縁取り丸い湾曲した部分。四本のしっかりとした造りの脚。重く存在する天板。細かい鍵盤の数々。  これを描き切るには相当な時間がかかりそうだった、神経を集中させGペンをカリカリ細かく動かしていく。ほぼ全てがベタ部分と言っても過言ではない漆黒のグラウンドピアノ。光の陰影部分は白く残し己のセンスでベタを塗り進めていく。  昼過ぎから始めたこの作業は結局夕方六時頃に終了した。  厳かな雰囲気の黒いグラウンドピアノが完成した。すぐさま次のコマ作成に取り掛かる。   集中力を切らしてはいけない、ここが正念場、気合を入れる時が今この瞬間。後悔を残した作品、全力を出しきれなかった作品には絶対にしたくはない。  グラウンドピアノ鍵盤上に楽譜。楽譜のアップを描いていく。  白い塊とも言える白い楽譜は描くのが容易だった。すぐに描けた。  楽譜横の背景に台詞を入れて終了となる。  僅かな微動、腕の震えが止まらない。静まれと静かに念じ右腕手首を左手で押さえつける。作品がこれで終わるのだという想いが素直に体に現れ胸の鼓動りが速くなる。  震える指先を動かしペンで台詞を描いていく。一文字一文字丁寧にしっかりと、原稿に接地しながら黒インクが文字となって浮き上がる。 『美しい音楽』  俺は果てた。疲れ切っていた。集中力がこの瞬間途切れた。  ベットに横になり意識は途切れていく。幸せな寝顔、描き切った達成感と僅かな満足感。今この時の為に生を受けこの世に誕生したのではないかと錯覚する現在の俺。  勉強机の上。漫画原稿用紙の中にある一コマ。グラウンドピアノ。美しい音色が静かに流れている。
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