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終わりなき夏の日々
シゲユキは玄関の引き戸を開けるなり、踵を踏んでいたズックを飛ばして家に上がった。縁側を直角に折れて真っ直ぐ進み、突き当たりの台所へ滑り込む。食卓にはすでに父と祖母が向かい合って座っており、朝食に手をつけようというところだった。
「母ちゃん、父ちゃん、ばあちゃん、ただいまー!」
シゲユキは家族全員から「おかえり」を受け取ると、すぐさま自分の席に着く。皿に盛りつけられた目玉焼きは盛んに湯気を立てており、彼は炊飯器を開ける母の目を盗んで素手でつまみ食いをした。すかさず、隣の席の祖母が睨みを利かせる。
「行儀が悪いねえ。手も洗ってないんだろう?」
一応、手は帰りしなに用水路で洗った。ときたま祖母が畑仕事の最中にやっているからだ。ご飯をよそってくれた母から茶碗を受け取ったシゲユキは、祖母の視線も構わず、口いっぱいに白飯を押し込む。リスのように頬を膨らませる息子に対して、正面からは呆れた声が投げかけられた。
「少しは落ち着きなさいよ。ラジオ体操カードくらい、はずしたらどうなの?」
シゲユキは喋れない代わりに首を横に振った。スタンプは彼にとって、夏休みの戦利品なのだ。昨日はうっかり持っていくのを忘れ、大いに悔しい思いをした。今日は気のいい上級生に頼みこんで、空白を埋めてもらった。昨年いたガキ大将であれば、命に関わることだっただろう。
祖母は細々と目玉焼きを口に運びながら、シゲユキを何度も窺ってくる。先程の不作法を窘めるような眼差しで、実際には何かを頼みたがっているのだ。その視線に気付いたシゲユキは、やや面倒くさそうに隣の祖母を見た。
「なあに、ばあちゃん」
待ってましたと言わんばかりに、魔女を彷彿とさせる瞳が大きく見開く。
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