経験はものを知らない(皇帝の正位置)

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経験はものを知らない(皇帝の正位置)

 人が生きる上で蓄積されていくものはたくさんある。その中でも、時間を重ねれば重ねるほどにより多くの経験が溜まっていくだろう。勿論その中には、生涯経験したくないものまである。  よく、『経験がものをいう』という言葉を耳にするがどうも私はこの言葉が苦手だ。それはこの人も同じようで、どことなく親近感がわく。 「娘よ……」 「なんだね父よ」 「どうしてこうも仕事が増え続けるのだろうな……」 「それは貴方が皇帝だからではないですかね、父よ」  私が父と慕っている『皇帝』の正位置は、いつもよりも落胆した様子で書類に目を通していた。彼の妻である、女帝さんこと『女帝』の正位置から父の監視を頼まれ、様子を見に来たのだがこのありさまだ。 「娘よ、女帝がこういうのだ……いつもしていることと同じことだから、すぐに終わるでしょうと。しかし見てくれその書類の山を……どこがいつもと同じなのだ」 「父よ、女帝さんはそれ以上の仕事をこなしていらっしゃる。故に文句は言えないと思われるのですがそれは」 「うっ……いつから我に冷たくなったのだ娘よ! まるで思春期ではないか!」 「一応今思春期真っただ中ですが……口よりも手を動かしなされ」  このような会話を続けること、早30分。一向に書類は減る気配がない。目を離すと手を止めてしまいそうなので、ひたすら目が離せない。 「毎日同じことの繰り返しだと女帝は言うが、我はそう思わん! 昨日の作業と今日の作業は全く異なるのだから」 「そう?」 「そうに決まっておろう! 昨日見た書類と今日の書類は異なる、どこが同じだというのか……」  そう言われてみればそうだ。昨日と同じことをしているように見えても、毎日少しずつ違う。常に何かしらの変化があるのが人生だと、父は言う。 「でも、書類の整理っていうカテゴリーに分ければ同じになるわけだし、効率とかもっと上がると思うんだけど……少なくとも書類の整理は何度も経験しているわけなんだから」 「娘よ、経験はものを知らないのだ。常にその時のようにやればうまくいくとは全く限らない、経験が知っているのはその時のことだけで、それ以降の事柄もその時の心境も知らないのだ」 「確かに……ある程度のやり方とか気持ちとか分かったとしても、その時によって違うしそれだけでわかってるっていうのも変な話だよね」  経験はあって損はないが、必ずしも今後も役に立つとは限らない。世界は常に変わりゆくものであり、自身が培ってきた経験だけでは歯が立たないときだってある。軽々しく経験済みだとか言ってしまうと、後に困ってしまうこともあるだろう。 「見ろ、この書類……昨日のものに比べて長さも愚か、書き方が異なっておる。これでは今までのやり方でしても無駄だな」 「その変化にはすぐ気づける洞察力があるんだから、もう少し頑張ろうよ……私も見るから」  そういう私に、父は落胆した表情のまま渋々作業に取りかかるのだった。
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