こうめとすずめ ~催涙雨の響く山~

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 それから、夜になって、藁蓑にくるまって寝た。  朝がきても、爺様の迎えは来なかった。  小梅は、少しずつ干し柿を齧っては小川の水を飲んで、食べられそうな物は無いかと木の実や茸を探して過ごしていた。  両親も兄姉も亡くなって、それでも爺様と婆様が育ててくれたのだと、言い付けを守って待つ小梅。  じさまとばさまの言いつけは守らなきゃなんね。  きっと、何かあって、戻っちゃあなんねえんだ。  大丈夫、きっと、迎えに来てくれる。  それまでの辛抱だ。  そうして山をうろついていると、一人の若い男が小梅の前にあわられた。 「あれ、こんにちは」  アケビを採っていた小梅は、手を止めて笑顔で挨拶をした。  男は、身なりからして旅人なんかじゃあなく、小梅同様どこぞの貧乏村人のようだ。  人懐っこい笑顔で、大きな体を屈めて挨拶をしてきた。 「やぁ、こんにちは。  こげな所で、若い娘さんが一人、どうなさったんですか?」 「おらは、爺様から山で待つように言われましてな。  迎えを待ってるところです」  手にしてアケビを持ち上げて見せると、男もアケビ採りを手伝いながら、言葉を続ける。 「そうですか、こんな山の中で一人は大変だろうに。  近くに、小さいけんどおのれの山小屋があるんですが。  良かったら、お迎えが来るまで、そこに居てはどうですか?」  男の申し出は有り難かったが、見ず知らずの男の小屋へ上がりこむのも気が引ける。 「いんや、おら、この藁蓑さあればそこら辺でも寝られるで。  ご親切に、どうも」  そういって、やんわり断ろうとした小梅に、男は真剣な顔で諭すように話し出す。 「あの雲さ見てくれませんか。  黒っぽい雲が遠くに見えるでしょう?  今の時期は、急な雨が降りやすい。夏の初めの雨の時期だ。  今夜は雨になるで。  雨の間だけでも、おのれの山小屋で雨宿りしていってくださいませんか」  なぜこうも、と思わないでもなかったが、確かに遠くの空から黒くて重たそうな雲が近付いてきていた。 「へぇ、そんなら、少しだけご厄介になります」  控えめに頷いた小梅に、男は大層嬉しそうな顔で山小屋へと案内してくれた。  そうして、雨の間だけといっていたはずが、気付けば数週間が過ぎて、次第に小梅は男と打ち解けていった。  男は働き者で、普通は中々見つけられないような珍しい山の幸を見つけてきたり、色々と山の事に詳しかった。  家族の事を聞いても、天涯孤独だと言う。  山小屋でも、わずかな男の物以外見当たらず。言葉通りに、独り暮らしのようだ。  骨身を惜しまず働き、何かと小梅を気遣ってくれる男。  どうやってか、山の小川にいる川魚や山の幸を、たくさんたくさん見つけてくる。  毎日、美味しい物をたらふく食べて、やせ細っていた小梅の体も、優しい丸みを帯びてきた。  優しく、気が利いて、働き者の美丈夫だ。心惹かれぬはずもない。  しかし、離れて暮らしていても、爺様と婆様の事を忘れる日は無かった。  美味しい山の幸を頂いては、『あぁ、これをじさまとばさまにも食わせてやりたいなぁ』と思わずにはいられない。  こんなに美味しいものを、おらだけが食べられるなんて。  じさまとばさまは、今頃ヒエやアワで嵩増しした粥を食べてるだかなぁ。  アケビの実は、ねっとりして甘いんだぁ。  ザクロはぷちぷちして甘酸っぱいんだども、美味しいんだぁ。  あぁ、どうしてるかなぁ……
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