こうめとすずめ ~催涙雨の響く山~

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 走って、走って、息が切れて、喉が熱くて、足はがくがくして、草や木にひっかけた擦り傷が出来て――  それでも、小梅は走り続けて、山小屋に辿り着いた。  そうして、小屋で男の帰りを今か今かと待っていると、夕暮れ時に、やっと男が帰ってきた。 「あんた!  私が悪かった、言いつけを守らんで、こんな事になってしもうて……」  男は、小屋に戻るなり、土間に倒れこんでしもうた。  なんとかここまで帰ってきたようで、あちこち怪我をして血を流していて虫の息に見える。  小梅は、急いで男の怪我の手当てして、寝床へ寝かせた。  男は丸一日寝込んだが、小梅の看病もあって、なんとか少しは起き上がれるようになってきた。  そうして、小梅が山の幸を採りに行っては男を看病していると、『話がある』と男が小梅を改まって呼んだ。 「ええか、この山を小梅の村と反対側へ下りると、村がある。  そこは小梅の居た村より、食べる物も人の心も余裕がある所だ。  このお守りを持っていれば、悪い者は近寄って来れない筈だから、これを持って行くと良い」  小梅の手に、小さな小さな破魔矢を渡して、男は優しく微笑んだ。  お守りらしいそれは、よくよく見ると、羽の部分が雀の尾羽で作られとった。 「そんな! あんた一人置いてなんか行けるわけない!」  小梅が即座に突っ返そうとすると、男はそれを大きな手で押しとどめる。 「おのれは、元々山暮らし。  なんも心配する事なんかねぇ」  どれだけ返そうとしても、大丈夫だの一点張り。  けれど、そういう男の左腕はほとんど動かず酷く腫れている。このまま放っておいて良いとも思えない。  ついには小梅も折れて、男の怪我にきく薬をもらったら、必ず帰っててくると言い残して、山を下りた。  男に渡された破魔矢のお守りを懐に、一日かけて隣村へとたどり着いた小梅。  小汚い藁蓑背負った小梅は、村人から嫌な顔されて避けられていたが、なんとか薬屋の暖簾を見つけようと歩き回る。 「もし、なにかお探しですか?」  必死に薬屋を探す小梅に、身なりの良い男が声をかけてきた。  聞けば、この村の庄屋の息子らしい。  薬を探していると、必死に事情を話せば『汚れたままでは身体に良くない、まずは小梅自身の身を清めて食事をした方が良い』と、家へ連れて行かれた。  あれよあれよと言う間に、湯を使わせてもらい綺麗な服に着替えさせられた小梅。  暖かな食事も出されて人心地着いた所で、改めて、怪我人がいるので薬がほしいと頼みこんだ。  すると、庄屋の息子は、自分の嫁になってくれるのならば、高価な薬も惜しみなく渡そうと言う。  貧乏な村に居た頃と違い、山の幸をたらふくとった小梅は、肉付きの良い締まった体で年頃の娘らしい魅力が溢れていた。  小梅は迷った。が、今は何よりも、山の男の怪我を治したい。  ついには、結婚の約束をした小梅の願いに、庄屋の息子は医者と薬を手配してくれた。 「小梅の恩人だ、山を下りられるようになったら、この村に住んでもらうのも良い」  山一つ越えた反対側は豊かでゆとりのある人々の村で、確かに山の男の言う通りだった。  そうして、結婚の約束をした庄屋の息子に見送られ、医者と、体力に自信のある下働きの女と共に、山へ入る小梅達。
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