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山になれていない医者連れで、二日かかってあの山小屋へ向かうと、どこにも山小屋が見当たらない。
「あんれ、おっかしいなぁ、確かにこの辺りのはずだけんど……」
小梅が焦ってあちこちかけまわり探していると、下働きの女が小さな祠を見つけた。
「奥様、こらぁ、山神様の祠ですだ」
言いながら、祠へ向かって手を合わせる下働きの女。
この辺りの山を治める山神様で、昔から祀られており年に一度は村からお神酒を納めにくるとも言う。
小梅もならって手を合わせていたが、ふと、呼ばれた気がして、祠の奥を覗き見た。
そっと格子戸を開くと、中には小刀が祀られている。
そして、その小刀の傍らに、雀が一羽。
尾羽の無い雀が、事切れていた。
「雀だぁ、かわいそうになぁ、左の羽が折れてるだ。
怪我でもして、格子から入り込んで休んでたんだかなぁ」
下働きの女が後ろから覗き込み、雀にも手を合わせる。
小梅は、冷たく硬くなった雀を、そっと手に乗せた。
その折れた翼を、尾羽の無い体を、優しく優しく労わるように撫でる。
ぽたり、ぽたりと、催涙雨の如く雫が落ちた。
黙ったまま雫を落とし続ける小梅に、下働きの女がそうっと声をかけた。
「奥様。こん雀は可哀そうだけんど、よくある事だで。生きもんはみんな、生きて死ぬもんだで。そう泣く程お気持ちを落とされんで」
「んだ。分かっとります。泣いてなんかね。いやぁ、山の天気は変わりやすいもんだから、雨さ降ってきました。ほら、雨音が聞こえるでしょや。ねぇ」
ぽたりぽたり、良く晴れた山の上。
雀の亡骸に落つる雫の音が、木々の間に響いとったそうな。
小梅の生きた時代から移り変わる事、幾年。
今の世では、七月七日に降る雨を、催涙雨という。
織姫と彦星を分かつ涙雨の事を、そう呼び表す。
すずめとこうめの別たれた、山神様の御座す山。
あの山も、恋人同士で登ると何故か突然の雨に降られる事が多いそうな。
むかしむかーしの、お話じゃ。
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