2022年

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「花火で告白ってさ、やっぱ重いと思うか?」 「お前……この状況でよくそんな話を……」 「でも死ぬ間際だったし、これが最適だと思ったんだよな……。天にいるご先祖さまにも地にいる家族にも挨拶できるし」 「まじなんの話? つか本当に誤爆したりしねぇ? そりゃ計画自体は何年も前からあったけど作り始めたのは2週間前だぞ?」 こそこそと男が嘉平に耳打ちする。けれどその声量は次第に大きくなっていき、目の前にいた厳格な顔付きの男の耳にも届いてしまう。 「もしそうなればお前たちは兵器を作ったことになるな」 「う、そんなこと言わないでくださいよ15代目ぇ……!! オレら頑張ってリスクを抑えに抑えて作ったんすよ!?」 「お前たちがどれだけ頑張ったとしても、天に昇れば歓声、昇らなければ非難の声があがる。不安なら今すぐ中止のアナウンスを入れろ。少しでも危険が及ぶのであれば許可はしないと言ったはずだ」  ミンミンと鳴くセミの声よりも、本家花火柿屋の現当主の言葉は耳に痛い。不安はただ増す一方で、男は「やっぱ止めようぜ嘉平ぇ」と半べそをかいた。 「数珠玉は必ず空に咲きます。教授や専門家にも太鼓判を頂いてますし、懸念点であった天気も好調です。中止する必要はないと思います」  東へと去っていく入道雲を見送ると、嘉平は当主の目を見てそう答えた。じりじりと日差しが肌を照り付けるが、2人の間に交わされる視線はそれとは比にならないほどに煮え立っている。一触即発な2人に、傍にいた男は自分の肩を抱いてぶるりと震えた。 「数珠玉はただの花火とは違う。むしろ、花火と呼んでいいのか分からんほどの代物だ。それでも咲くと言い切るということは、なにか根拠があるのか? 数珠玉の前例はあってないようなものだというのに」  当主が伝えようとしていることを嘉平は既に理解していた。そのため、すぐにその答えを口に出すことはできなかった。  100年前の数珠玉の全容は明らかとなっていない。いくつかの断片的な情報はあるものの、一二郎が意図した全体像を"誰かが見た"という記録が残されていない。一部分が正しく着火せず発色しなかった可能性、計算した距離まで火薬が飛ばなかった可能性、それらが否定できない以上、その花火は成功したとは言えないのである。 そしてなにより、嘉平はいつ子と約束した『合図』を見た記憶がない。一二郎が見逃したのか、そもそもいつ子が合図を上げなかったのか。その答えは神にしか分からない。 「自分の都合のいいように考えるなと何度も教えたはずだ。夢を描いて努力しても、現実はそれに答えてくれるほど甘くはない」  ジジッ。 「あ、セミ逃げた!! そっちそっち!! そっちに飛んでった!!」 「うげっ、なんか出た!! キモ!! なあー捕まえんのやめねぇ?」 「えーーー」  庭で虫取り網を振っていた少年は、妹の言い分も聞かずに網を離して日陰へと退散した。そしてポケットから取り出したスマホを横に倒して持つと、じーっとその小さな世界の中へ見つめて入りこむ。妹はひとりでしばらく網をふっていたが、背が足りず、木に留まったセミのところまで届かない。 「これがもし打ち上がらなかったら大惨事になるということは重々承知してます。意図せず多くの人の命を奪うことになるし、俺は”人殺し”だと後ろ指を指されるようになるかもしれない。……でも打ち上げなかったらこの数珠玉は、花火にも爆弾にも、ゴミにすらならない。、最初から無かったのと同じになる。そんなの俺は勘弁です」  居心地の悪さを感じた男は、その場を離れて網を木に叩きつける女の子のもとへ向かった。そしてひょいっと手掴みでセミを捕まえ、白い網の中に落とした。  「ああ!! 私が捕まえたかったのに!!」 「え!?!? あ、ご、ごめんね!?!?」  横目でそのやりとりを見ていた当主は、こらえきれずに笑いを吹き出した。 「ゴホン……。ならあとは出来ることをするんだな。数珠玉を打ち上げる台の設置が遅れているし、その他の打ち上げ台の点検も予定より滞っている」 「……それはつまり……?」 「稼ぎ時だ、働け」 「……あ、はい」 「あとさっきの、お前たちが話していた内容だが、『重い』かどうかは見た人が決めるものだ。作り手のお前が満足してるなら後悔することはないと思うぞ」 「…………うす………」
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