2022年

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「ねぇ、めっちゃデカい花火撮れた?」 「全然! ほら、開いた瞬間のなんか光が密集してるとこしか撮れてない!」 「あたしもあたしも! 写真見返したらほとんど光が消えかかってるとこでさー、これこれ、コレめっちゃ惜しくね?」 「うっわほんとだめっちゃ惜しいじゃん!!」  朝顔やヒマワリ、ユリ、牡丹等の花をあしらった浴衣を着た人々が次々と駅に向かって歩いて行く。男はそれを眺めながら売れ残りのキュウリの浅漬けをかじった。 「いいもん食ってるな」 「じ、15代目!? あ、いや、オレはサボってるわけじゃなくてその、休憩を.......」 「数珠玉、打ち上がってよかったな」  当主はそう言うと、手に持っていた紙コップを揺らし、男に見せつけるようにして一口飲んだ。中身は当然、ラムネなどではない。 「ああいや……上がったのはいいっすけど、予定と全然違う模様になっちゃったんで果たして喜んでいいのか……」 「喜ぶ必要なんてないだろう。なにもないこの空を見て安心できれば満点だ」 「…………うっす」 「で、嘉平はどこに行った?」 「ああ、アイツ、なんか合図を探しに行くとか何とか言ってどっか行っちゃいましたよ」 「後始末をお前に押し付けてか?」 「後始末をオレに押し付けて…………です」 「よし、押し付けられたのなら働け」 「…………はい」  高台から探しても、合図はどこにも上がらなかった。考えてみればそれもそうだと、嘉平は納得した。なにせあの約束は100年も昔のものである。 『なあ早く戻って来いよ、後始末全然終わんねぇよ! オレだって打ち上げ行きてぇのにあんまりだぞ!』 「わかったわかった。すぐ戻るって」 『すぐだかんな! 酒飲んでてもタクシー使えよ!』 「はいはい」  嘉平は電話を切ると、空を見て上った道を今度は下を向いて戻った。1度だけ足を止めて振り返るも、送り火も、花火も、それらしい狼煙も見当たらない。 嘉平は重い足をあげて、浴衣を着た人でごったかえす踏切を渡り、シャッターが閉まった薬局を右に曲がり、ビルのように大きな総合病院の前を通り過ぎた。 「看護師さんすいませんねぇ……こんな老いぼれた婆さんが迷惑言ってしまって」 「いえいえ、あんなに大きな打ち上げ花火見ちゃったら自分もやりたくなりますよ。あ、本当に線香花火で良かったんですか? 花火なら他にも…………」 「いいんです、この花火で。これは私のワガママですから」 「ワガママ、ですか?」 「はい。私が15の時.......ある人と約束したんです。もしその花火を私が”いい”って思えたら、送り火や花火なんかで合図を送るって。そしたらその人は、その火と共に天に昇っていけるからって」 「へぇ、ロマンチックな約束ですね…………でもそれならやっぱり手持ち花火とか簡易花火とかのほうがいいんじゃないですか?」 「いいえ、だからこれでいいんですよ。これが私の返事であり、ワガママの仕返しですから」 線香花火に火が灯ると、車椅子に座ったお婆さんはそれ以降喋らず、看護師とともに小さな花火の種を見守った。 火薬の燃える匂いが、夜風に乗って病院前に漂う。  ぽとり。
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