2022年

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2022年

100年前の1922年に、央田川(おうたがわ)花火大会の日にたった1度だけ打ち上げられた超大型花火"数珠玉(じゅずだま)"。特殊な形状をしていることからそう名付けられた花火は、世界最大の花火であり、世界最短の絵画であり、開発者である妻比良一二郎の遺作だとされている。一目だけでは全容を捉えられないほどの巨大な花火は、打ち上げられたその時、美しい絵画のような景色を夜空に生み出すのだと文献には記されている。 だがその全容は現代には残されていない。 巨大過ぎるその花火は人の目で全てを捉えることはできず、当時のカメラ技術では、一瞬で消えてしまう数珠玉をレンズの中に切り取ることは出来なかった。 ある人は、その花火には「お母さんと手を繋いでいた少年がいた」と言った。またある人は「ヒマワリ畑を見た」と言い、またまたある人は「スズランのワンピースを来た女の子」を見たと言った。花火の専門家らが数少ない文献を血眼で漁ってみるも、同じ景色を見た人は1人だっていないことが明らかとなっている。 しかし、本当にそれら全てが描かれていたかは判明していない。錯覚を利用したトリックアートのようなものか、はたまた誰かが誇張した普通の花火なのか。そもそも、本当にそれは打ち上げられたのか。その真偽を確かめることは不可能である。 時を遡るか、製作者が蘇らない限りは_____ 「嘉平(かへい)はノーベルさんはどうしてダイナマイトを作ったか知ってるか?」  河川敷にべたりと座り込み、スーパーで購入したブロックスイカが手掴みで口に運ばれる。男のその行動をなんとなしに目で追っていた妻比良嘉平は「あーなんだっけか。工事用? つかお前種飛ばすの上手いな」と答えてから同じように斑点のついた真っ赤な立方体にかぶりついた。 「そうそう、作業が楽になるようにって苦労して作ったんだって。けどそれは戦争に使われるようになって、多くの人を傷つける兵器になっちまったんだと」 「へえ、ノーベルさんは浮かばれないな。自分が作ったもんがそんなことになるなんて」 「それでさ、オレ思ったんだよ。オレたちが今作ってる花火も、数年後にはダイナマイトみたいに、兵器として利用されちまうんじゃないかって」  ゴックン。  嘉平の喉が大きく鳴る。 「やべ種飲んだ……お前、お前さぁ、時代を考えろ時代を。んなわけないだろ」 「いや、でもあるかもしんねぇだろ!? 火の花なんて可愛い名前が使われてっけど、中身は火薬と金属でパンパンで、爆弾には変わりねぇわけだし!」 「やめろやめろ。んな物騒な話聞きたかねぇよ、せっかくここでしか打ち上げられない真っ白な花火見に来たってのに、なんだって今そんな話すんだよ」 「だって、だってなんかモヤモヤしねぇ? 空襲で亡くなった人たちの慰霊のために空に爆弾って、なんか、なんかさあ…………」 「お前……んなこと言ってけど、どうせ見終わったら『感動した!』とか『綺麗だった!』とか言うんだろ」 「だって花火って綺麗じゃん!? 見ると感動するし、なんかグッてくるじゃん!? オレもあんなの作りてぇってなんじゃん!?」 「ああはいはい分かった分かった。これでも飲んで少し落ち着け」 「え、嘉平帰り運転してくれんの!?」 「酒じゃねぇお前にやんのはラムネだアホ」  プシュッ。  男はビー玉が飲み口を塞がないよう悪戦苦闘しながら、乾ききった喉にシュワシュワと弾ける泡を流した。喉仏と青いビー玉はまるで呼応しているかのように一定のペースで上下する。すると途端、ぴゅううう、と白い閃光が空に昇った。  _____私は、この夏を終えたら……どうしたら、いいのよ……っ…… 「んぐ、ゴホッゴホッ……うっわびっくりした。もう打ち上げ時間かよ、つかやっぱ綺麗だなー白菊花火。白一色ってすげぇこう、ジーンとこねぇ? ……ん、嘉平? 花火は向こうだぞ? どこ見てんだ?」  男が空から目を逸らすと、隣であぐらをかいていた嘉平は真後ろを振り返っていた。なにかあるのかと同じように振り返って目を凝らすが、マンションや病院のオレンジ色の照明、信号の赤色、車の白いヘッドライトがあるだけで、白い花火より目を引くものはどこにもない。 「おーい嘉平、どうしたんだよ。二発目打ちあがんぞ?」 「……いま、蚊取り線香の匂いがして……」 「は、蚊取り線香? 花火の火薬の匂いじゃなくて? ……あ、ほら二発目! なんのためにここまで車走らせたと思ってんだ、ちゃんと見ろって、ああオレまで見逃した!!」  _____見たい。上げてよ、必ず見るから 「なあ、今度は風鈴が鳴った、おかしくないか? ここ川と道路に挟まれた河川敷のはずだろ? なんで風鈴なんか……」 「はあ? んなこと知るか!! お前飲みすぎなんだよ!! 四発しか上がんねぇんだからとにかく見ろって、なんのために新潟まで来たと思ってんだよ!!」  男がそう叫ぶが、嘉平の視線は空には向かない。まるで逃がした虫でも探しているかのように、キョロキョロ、キョロキョロと忙しなく目を動かしている。その間にも三発目が打ちあがり、瞬く間に枯れてしまう。  ゴトッ、ゴロゴロゴロ。  男が立ち上がった拍子に倒れたのか、それともビー玉が瓶から出ようと暴れだしたのか。透明なガラスが泡を零しながら芝生の傾斜を転がり落ちる。一匹のバッタはそれに気づくと、ぴょんと軽々飛び越えた。 「……ったく!!」  ひゅううううう。  真っ黒な空に向かって白の一本線が引かれる。嘉平の頭を両手で挟んだ男は、その線を嘉平の黒い瞳でなぞり書いた。  そこに開花したのは、世界最大の………。 「……スズランだ」 「はあ!? おま、はあ!?!?」  花火が萎れると、空気に爆発音が伝わって心臓に重い振動が加わる。その衝撃は、まるで銃に打ちぬかれたような、幼馴染に恋をしたような、神様にこの地上に落とされたような、そんな感覚に似ていた。  嘉平は目を丸くした男をスルーしてすっと立ち上がると、随分遠くまで転がっていった瓶を追いかけた。中身はすっからかんになっていて、青いビー玉だけがひとり寂しく取り残されている。腰を下げて瓶を拾うと、ビー玉は街頭の光を吸収してオレンジ色に光った。
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