シャープペンシル

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 今日も浅野くんは鉛筆削りを持っていなかった。彼の鉛筆の先が少し丸くなっているのを見て、私はわざとらしく声をかける。 「鉛筆削り、つかう?」  彼は別に貸してほしいなんて思ってないのかもしれない。少しくらい鉛筆を削らなくても字は書ける。だけど私は押し付けがましく鉛筆削りを貸してイメージ向上に利用する。我ながらずるいと思いながら、それは私が「鉛筆組」でありながらカースト最下位に落ちないためには必要なことだった。 「ありがとう。借りるね」  私の女子っぽい鉛筆削りを彼がつかっているのは私から見ても違和感があって、小学校の図工の時間に絵の具の筆を洗ったときの濁った水の色みたいな、ミスマッチで綺麗じゃないおかしな姿だった。  みんなからもたぶん気持ち悪いって思われていて、だから彼は私から鉛筆削りを借りてつかうたびに馬鹿にされる。それでも彼は断ることもなくそれをつかって、「ありがとう。助かったよ」なんて言って返してくれる。助けてなんてない。鉛筆削りを貸すたびに、彼は馬鹿にされ私の評価が上がる。  そんなことはたぶん浅野くんも気づいていて、なのに感謝するのは彼の無意識の優しさなんだと思う。  きっと助けられているのは私のほうで、だからいつも少しばかりの罪悪感があって、断ってくれたほうが楽だと言いたいけど、断っても彼は私を無碍にした罪でクラスから裁かれるから、私から貸してあげようとする限り彼は利用され続ける。  それでも文句を言ったりしないどうしようもなくお人好しなその行動が、私は好きだった。私は今日も彼を利用して、自分の立場を守る。それに、言葉だけでも感謝されるのは気持ちが良くて、罪悪感を覚えながらも彼の優しさに甘えていたかった。  隣に座っていれば、ノートの字も見える。浅野くんの書く字が好きで、それはやっぱり優しい字だった。  みんなは彼を馬鹿にするけれど、私はきっと、彼が好き。でもそれを態度に出したり誰かに言ったりはしない。「鉛筆組」の私が今のカーストを保つためには必要なことで、それを捨ててまで駆け落ちみたいなことをする勇気はない。私の好きは、その程度でしかない。それに、今のようにしていれば私は鉛筆削りを貸すたびに好きな人から感謝してもらえる。  利用している罪悪感と感謝される気持ちよさのミックスは、炭酸の刺激と甘さが混ざりあったコーラのようにたまらなく甘美で、私はその心地よさを手放せずにいる。
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