シャープペンシル

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 次の日から私は浅野くんに鉛筆削りを貸さなくなった。  「貸してほしい」と言われることもなくて、やっぱり貸してあげる必要なんてなかったんだなってわかった。本当はわかってたことだったけど、現実になると自分のこれまでの押し付けがましさが嫌になった。そこにあるのは罪悪感だけで、炭酸水を飲んだみたいに甘さのない痛みだけがあった。  浅野くんは何日かに一回鉛筆を削った。ごく普通の、小さな青い鉛筆削りだった。私もそれに合わせて鉛筆を削るようになった。何も言わずに淡々と鉛筆を削る、その時間が楽しみだった。同じものを共有している気がした。でも、それも長くは続かなかった。  浅野くんは「鉛筆組」をやめてしまった。  その日、浅野くんは鉛筆も鉛筆削りも持ってきていなくて、代わりにシャーペンをつかっていた。持ちやすいとかって宣伝されてるようなちょっと太くて飾り気のないもの。今の浅野くんは、鉛筆ではなくシャープペンシルに見えた。私と同じように、芯を入れ替えられるシャープペンシル。そんな浅野くんを、もう好きとは思わなかった。鉛筆じゃない浅野くんは、魅力的ではなかった。  ある日、授業中に浅野くんはノートに引っかき傷みたいな跡をつけていた。浅野くんはシャーペンの芯の予備を持っていなかったようで、芯がなくなったようだった。そんな様子を見ていたら、不意に浅野くんが声をかけてきた。 「シャーペンの芯持ってないかな」  持っているはずがなかった。だって私は「鉛筆組」だ。  そんな当たり前ことを言うと、彼は少し残念そうだった。その顔には、少しだけ以前の優しさが見えた。  どうするのかと思ったら、彼はペンケースから鉛筆を取り出した。持ってきていないと思ったのに、奥には鉛筆が確かに入っていた。だけどその鉛筆にはキャップが付いていなくて、芯が折れてしまっていた。 「鉛筆削り、貸してくれないかな」  そう、言われた。リーダー格の子に言われたことが気になったけど、私は初めて浅野くんから頼まれたそれを断らなかった。利用している罪悪感もなくて、オレンジジュースみたいに甘酸っぱい味がした。それはコーラとは違う心地よさだった。シャープペンシルの芯を持っていれば、それを味わえるのかもしれないと思った。たくさん味わいたいと思った。
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