シャープペンシル

6/8

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 だから私も「鉛筆組」をやめた。  シャープペンシルは相変わらずつかいにくいけど、何日かに一回、浅野くんから「シャーペンの芯持ってないかな」と言われるようになって、そのたびに私はオレンジジュースの心地よさを味わえた。  私も浅野くんもシャープペンシルをつかうのが下手だったから、何度もポキポキと追ってしまって、鉛筆を削るのと同じくらいのペースで芯を補充することになった。私が持っていた一箱の芯は、すぐになくなってしまった。  それに浅野くんにシャープペンシルは似合っていなかった。私は浅野くんに興味をなくしていたのに、それでも鉛筆の浅野くんが恋しかった。シャープペンシルの浅野くんは、なんだか無理をしているように見えた。無理をして、たくさん心を折ってしまっていると思った。やっぱり浅野くんには鉛筆であってほしかった。  そして少しだけ、勇気を出した。 「ちょっと鉛筆貸して」  借りた鉛筆で鉛筆で付箋に書くのは私の気持ち。浅野くんの鉛筆の黒鉛を、私の気持ちとして文字に変える。これを伝えるのは、鉛筆じゃないと嫌だと思ったから。 『もうシャーペンの芯持ってない。鉛筆つかいなよ。私も鉛筆つかう。鉛筆をつかってる君はいいなって思う。シャーペンつかってる君はいいなって思わない』  それを渡すと、彼は嬉しそうな、そしてどこかホッとした顔で「そうする」と言って、その付箋を大事そうに、宝物みたいに自分のノートの最後のページに貼り付けた。私はちょっと恥ずかしかったけど、勇気を出して良かったなって思えた。ジュースでは例えられない、不思議な、本当に不思議な味がした。それはきっと、恋の味。  私が鉛筆削りを貸さなくなったから彼は「鉛筆組」をやめたのかもしれない、なんてのは思い上がりだろうか。浅野くんは私が鉛筆削りを押し付けるとき、いつも少し嬉しそうだった。貸してほしいならそう言えばいいと思うけど、私がコーラの心地よさを感じるみたいに、浅野くんも私から声をかけられることに心地よさを感じていたのかもしれない。  付箋をノートに貼り付けた彼も恋の味を感じてたかもなんて、都合のいい妄想かな。そう思っていてほしいとも、妄想であってほしいとも思う。私が書いた文字を特別に扱ってくれたことで十分だと思った。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加