1/1
前へ
/16ページ
次へ

 ――世の中にいる人ほとんどが、「滑稽だ」と笑うような恋をしている。  わたしは、駅のホームのベンチに腰掛けながら、ぼんやり思う。  先ほどから視線は手元に固定されている。入場券の切符の角を、爪の先でカリカリといじった。  この時間はすごく退屈で、そのくせ、緊張感に溢れていた。  心臓が、うるさい。  どくん、どくんと動き回って、止まってくれなくて、体を巡る血液も熱くって、喉元までその熱さが押し寄せてくる。  わたしが何度も唾を飲み込んでしまうのは、そのせいだ。  ……まだだ。  まだ、視線を上げることはできない。今顔を上げた所で、「彼」の姿を見ることはできない。  これからやってくる電車に、彼はまだ乗っているのだ。  早く、ホームにアナウンスの声が聞こえないかなと思う。  そして、早く風が吹いてこないかなと思う。  電車の勢いに乗って、わたしに向かって、風が吹いてこないかなと思う。  ……わたしの心臓の音をかき消すような、ごうごううるさい風が、早く吹かないかなと思う。  ああ、……全く。  ――世の中にいる人ほとんどが、「滑稽だ」と笑うような恋をしている。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加