ランドセルとラズベリー

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 目が見えていた頃の記憶で家の中ではなに不自由なく動き回れていた。引き出しを開けるとビニール袋を取り出してその子に渡した。 「棘があるから気をつけて」 「はい」 「実をそっと引っ張るとスポンと抜けるから」 「はい」  それから少し迷って「ランドセル、ここに置いたらどう?」とキッチンの窓近くを示した。その子は礼を言いながら赤いランドセルを置くと傘をさしたままラズベリーを取り始めた。  赤いランドセル。声の高さ。雰囲気も女の子のようだった。実際は見えないから定かではない。 「お母さん、喜ぶわね」  その子がせっせとラズベリー摘むのを待ちながら話しかけてみる。雨音の合間をぬって「俺、お母さんに嫌われてるんです」と小さな声。 「そうなの?」 「はい。佐原さんはわからないかもしれないけど、俺は女だから。その……男のふりをするのはやめなさいって」  返答に困って出てきたのが「ふりなの?」という言葉だった。 「わかりません。女の格好とか好きじゃないし、男になりたいけど……わかりません」  声が震えたように感じたが、雨音が邪魔をしてハッキリとは聞き分けられなかった。 「そう。あ、お願いがあるのだけど」  話の方向を変えようと考えて、ガサゴソとビニール袋をもう一枚出した。 「私用にも摘んでもらえる? ラズベリー大好きなの。でも年々見えなくなってしまって採れなくなっちゃったのよね」
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