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すばしっこい小動物のようにピョンと跳ねると袋を取りに近づいてきた。
「カビてるのは入れたらダメよ」
「それはわかります。でも泥とか付いてるのもあるから……」
「水に浸しておくから大丈夫」
再びラズベリー摘みに戻る子供のシルエットを追っていた。小さいのに大きな悩みを抱えて、それでも健気に頑張っている。
「ねぇ、あなたの名前を教えてくれるかしら? 私も名前で呼びたいな」
「前宮です」
「前宮さんね。あ、ねぇ」
「はい」
「私、新しいお友達って十年ぶりかも」
目が見えなくなって人付き合いはほぼなくなっていった。友人たちは気を使ってくれていたが、その気遣いが苦しくて自分から距離をおいてしまったのだ。
「目が見えないから?」
「そう。母もニ年前に亡くなったから話す人って時々来てくださるヘルパーさんだけなの」
口に出すとなんとも寂しい人生な気がした。
「あ! 痛っ」
「え? 棘? 血が出ちゃった? 洗おうか。ここから入ってちょうだい、水道で洗い流そう」
「大丈夫でふ」
「あ、口の中はダメよ。バイキンスゴイんだから」
「なんで見えないのに口に入れたのわかったんですか?」
「ナイショ! ほら洗って洗って」
バタバタと駆け寄ってきて「お邪魔します」とキチンと言ってからキッチンに入って来た。見える前宮さんはもちろん水道に真っ直ぐ向かう。
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