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ジャーっと勢いよく流れ落ちる水が途中から音を変えた。指を水に入れたのだ。
「消毒とかそういうのはないのよね。タオルを持ってきましょうね」
「ハンカチあります。あの、これ洗いましょうか?」
流しには昼間使った食器が置いてあるはずだ。
「ああ、大丈夫大丈夫。出来るから」
「俺も出来ます」
「傷がついた指じゃ洗剤染みるからいいのよ」
「あ、そうか……」
フフッと笑いを漏らすと前宮さんが顔を上げたのを感じた。
「あなたって凄くよく躾られてるわね。偉いわ」
「わかりませんけど……」
冷蔵庫を開けると手探りで上から二番目の棚を漁る。ネットで注文したフィナンシェが入っているのだ。それを掴むと前宮さんの手を探す。
「手はどこ?」
「あ、はい。ここ」
初めて触れた前宮さんの手は小さかった。そこにフィナンシェをそっと握らせた。
「前宮さんのお母さんはあなたの事を大事に思ってると思うわ。こんなにしっかりした子に育てたんですもの、嫌いなわけないわ」
前宮さんの手が強張ったのを感じ、包み込んだ。
「ねぇ、理解するのって時間がかかるのよ。私もね、目が見えなくなるって知って受け入れるのに時間がかかったの。だから、今は辛くても待ってみたらいいと思う」
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