9人が本棚に入れています
本棚に追加
雨音がしていた。
窓際の椅子に腰をかけ、耳を澄ませてしばらくボンヤリとしていると視界に蠢くものを捉え顔を向けた。
「あの!」
「あら、ちょっと待って。窓を開けますね」
突然の来客に驚きつつも窓ガラスを開けた。
「こんにちは。御用?」
小学生だろう、ランドセルが僅かに見えていた。それに傘が学童用で黄色だった。
「佐原さんですか?」
「あら、よくご存知で」
「門に表札がありました」
ああ、表札ねと私は呟いた。しっかりした受け答えに微笑んで頷くとその子は続ける。
「ここにあるのはラズベリーですよね?」
キッチンの横にはラズベリーが植えられていた。梅雨時期に赤く実る甘酸っぱい果実だ。
「そう、よく知ってるのね」
昔は知名度が低かったラズベリーだが今はこんな小さな子でもわかるらしい。
「すごくいっぱいなってますけど……その……採らないですか?」
ああ。と言ってから、真実を話すべきか濁すべきか迷い、口を開く。
「おばさんはね、あまり目が見えないの。だから採れないのよ」
視力は年々落ちる一方だった。三十路半ばでこの視力、結婚はおろか人付き合いも諦めていた。
「じゃあ、あの……俺がとってもいいですか?」
その子の返しに僅かに驚いていたが、笑顔で「ええ、持ち帰りたい?」と冷静に返した。
「はい! お母さんがラズベリー大好きなんです」
「そう。じゃあビニール袋をあげるわね。ちょっと待ってて」
最初のコメントを投稿しよう!