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ぎょうざ
暗闇に赤い暖簾がひらひらと揺れるその店は、夜目にも古い木造で、
長年多くの客が通った跡であるしみやにおいをたっぷり吸いこんで道の隅にありました。
一緒に残業していた同僚たちと一杯飲んだ帰り、明日は休みということもあって、一人で店に入りました。
転勤でこの街に来てひと月、慣れない業務でへとへとになった週末でもあり、何か景気づけに食べようと、名物であるぎょうざ屋さんに来たのでした。
朝方までやっているその店は、夜中だというのに満席で、勤め帰りに飲んできたサラリーマンたちが、ワイシャツや作業着を腕まくりして、隣との隙間を空けず、しかし窮屈そうでもなく座っていたり、明るい色のコートを肩に引っかけた歓楽街勤めのお姉さんが、網タイツの模様を脛に浮かび上がらせ、組んだ足のつま先にハイヒールを引っかけて、仲間やお客さんと談笑したりしています。
みんなのテーブルには一様にぎょうざの皿がならび、傍らに添えてあるのがビールだったり、一膳のご飯だったりという違いはあるのですが、全員がぎょうざを取って食べているのは間違いありません。
私はカウンターの奥で忙しく立ち働いている人影に向かって、
「すいません、ぎょうざ一枚」
と声を掛けました。
「はい」
と言って、オーダーの紙とボールペンを持ち、テーブルの前に立ったのは、黒っぽい縮れ毛の混じった、こげ茶色の熊でした。
腰には油で汚れた、もとは白かったであろう布製の前掛けをしています。ほかに彼の体を覆うものはなく、足元も素足でした。
私は不躾にじろじろ眺めてしまいました。そしてツキノワグマだ、と思ったとき、つい腰を浮かせてしまいました。しかし熊はまるで頓着せずに言いました。
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