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「時はバブル崩壊直前の平成二年、総務庁統計局の家計調査年報において、我々が常にぎょうざ購入額で上位になることに注目した市の職員が町興しをしようと観光PRを始めたわけです。以来今までこつこつと、地道にそれは続いてきました」
「はあ」
「業者団体“ぎょうざ会”が発足し、行政と民間で力を合わせていたわけです。それなのに」
熊の目に大きな涙があふれてきました。私がおしぼりを彼に渡すと、熊は右目と左目を交互におさえ、鼻をちん、とかみました。
「それなのに、いつしか、もやし付き餃子の浜松が追い抜きにかかり、ついに我々は一位陥落の憂き目にあいました。その後一位、二位、一位、そしてまた二位、と毎年せめぎあってきたのです。そしてついに昨年、気にもとめていなかった宮崎市に一位の座を奪われました! ……マンゴーがあるくせに!」
かつてこれといった特徴のなかった町が、絞り出すように個性を見つけ出し、蜘蛛の糸にすがるようにわき目も振らず一心不乱に全国にアピールしてきた苦労を熊の話から感じ取りました。二位では意味がないのです。一位でなければ。ましてや三位だなんて! おお!
「お願いします。たくさん食べてください。そして、来年こそは一位奪還したいのです。ぎょうざは単価が安いので、たくさん食べていただかないと追いつかないのです」
今となっては滝のように流れる熊の涙を見て、もらい泣きしてしまいました。
「わかりました。食べましょう、あと五枚持ってきて!」
「焼きにしますか? 揚げにしますか? それとも」
「焼き二つ、揚げ二つ、スイ一つ」
「はい」
夜中だというのに、初めて入った店だというのに、熊の必死さに私は打たれてしまったのでした。
ふと気がつくと、ほかのお客さんはいつの間にか帰ってしまい、店の中にいるのは私と熊だけでした。
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