ぎょうざ

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 熊は、ふっと溜息をついて首を軽く振りました。よく見ると、月の輪だと思っていたのは、ぎょうざの形をしたネックレスでした。彼が首を振るたびに少しだけ右、左と揺れるのです。 「僕だと人件費が安く済むので、オーナーも喜んでいます」 「お給料をもらっているんですか?」  人間の通貨が熊の役に立つのでしょうか。この熊が、人間並みに買い物をするというのでしょうか。 「お金はもらいません。ただでぎょうざを食べていいことになっているんです。僕は、住むところが不特定なので、後片付けを終えて閉店する明け方に、店先でシュラフにくるまって眠ります。僕の勤務時間が済んだらここから退出することになっているのです。ずるずると住み込むことがないように、そのへんは、オーナーはきまりを守るよう、厳しく僕に言いました。翌日、というか、その日の昼間に起きられるように、目覚まし時計を置いて眠ります。起きたら店の鍵を開けて掃除をして、買い物をして、仕込みを始めるのです」  人間の私には難儀なことをしているように思えますが、彼は熊だから寒さや地面に寝る痛さもその分厚い毛皮によって平気になっているのかもしれません。ふた皿目を食べ終えた私は尋ねました。 「ぎょうざ、好きですか?」 「ええ、大好き」  熊は瞳を輝かせました。 「人間と同じ味がするんです」  三皿目を食べようとして箸でつまんだぎょうざが滑り落ちました。 「特にスイぎょうざ、あの皮のつるつるもちもちした歯ごたえと、中のひき肉と野菜のジューシーなうまみ、人間の胴体をがぶっとかじった時の恍惚感を思い出します」  熊の瞳が淫靡に光ります。私は箸が止まってしまいましたが、熊は、 「あ、気にしないでください。僕はぎょうざを食べていれば決して人間を食べませんから」  とほほえんで席を離れました。
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