ぎょうざ

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 私は皿の上の残りの三日月たちを眺めて、つばを飲み込みました。この皿の上にあるのが、人間の体のように思えてきたのです。  急に食欲が失せてしまい、いっそこのまま残して帰ろうか、と考えました。お金を払えば消費量日本一奪還に貢献するわけですから。 「あ、食べきってからお帰りくださいね。うちの店は注文全部平らげた後に、お会計ですから。消費とは使って無くすことです。胃袋の中に収めて、目の前から無くしてくださいね」  熊は、にこにこしてカウンターからこちらを眺めています。  変に生真面目なことを言われた私はあきらめて、しかし違うことをあきらめきれずに脂汗をかきながらぎょうざに歯を立てぬよう、心の中でごめんね、ごめんね、と謝り、あまり咀嚼をしないで飲み込むように残りの皿を平らげました。  食べることがこんなに苦痛だとは、今まで経験したことがありません。特に揚げぎょうざは、皮がぱりぱりと硬いので、のどの内側に刺さって痛くて仕方がありません。なんとなく鉄の味がしたりして、出血でもしているのではないだろうかと不安になります。  それでも何とか食べ終えましたが、丸のみしたうえに食べすぎたので、頭がくらくらします。 「スイふた皿、焼きふた皿、揚げふた皿で千二百円です」  熊がレジスターを打ち、お金の入った引き出しがちーん、と鳴りました。レシートを受け取ると私は店の外に出て、すっかり人気のなくなった夜道をとぼとぼ歩き始めました。  一歩進むと胃のあたりから食べたものがせりあがってくるのを感じます。あれだけ精神的重圧を受けて大食いしたのですから、消化もしにくいはずです。いいえ、熊の話を思い出した私は消化しなくてよいと思いました。できるだけ歯を立てないように気遣ったのです。できればそのままの形で戻るなり排出されるなりすれば、人間を食ったような曖昧な罪の意識も薄れるでしょう。  しかし、せりあがってきたものは食道を過ぎ、のどを素通りし、鼻腔のあたりを押し潰すような強烈な圧迫感を与えます。鼻をふさがれ、息ができなくなり、呼吸が途絶え、口も思うように開くことができず、それでも力を振り絞ってようやくぱくぱくさせてやっとのことで呼吸を確保すると、今度は両方の耳の穴にも潰れそうな圧迫感が襲ってきました。
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