しるこ屋

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 昼でも夕方でもない、中途半端な時間のせいか、私のほかに客は一人もいません。  平日だし、それほど大きな街ではないので、こんなものでしょうか。  従業員と思われる人たちが隅のテーブルで額を合わせて何か話しています。どの席に座ろうかと店内を見渡していると、不意にこちらへ顔を向けました。それぞれがかっぽう着や前掛け姿で、頭に三角巾をかぶり、短いソックスに突っかけを履いていますが、みんな真っ赤な顔に突き出た鼻をしており、猛禽類のような鋭い目をしています。  天狗だ、と、とっさに思いました。  すると一人がいすに座ったまま、 「どうぞ、お好きな席へ」 と、真っ赤な手のひらで店内を示しました。  意外に声は女みたいに甲高く、手も小さめです。しかし、その恐ろしげな顔を見ると、足がひとりでに震えます。後じさりながら、彼らから一番離れた席に腰掛けると、頭の中は、天狗にさらわれて行方不明になったとか、天狗を見たものは高熱を出して寝込んだ末に死んでしまうとか、かつて聞いたことのある話で渦巻きます。このまま逃げてしまおう、と思いましたが、逃げようとした隙に背後から襲われる可能性だってあります。確か、足が速いんじゃなかったっけ。おぼろげな記憶で天狗の情報をたぐり寄せ、嘘か本当かわからないままいたずらに自らを追い込んでしまい、使い込まれた木製のテーブルに肘をつき頭を抱えていると、メニューに悩んでいると思ったのか天狗の一人が近づいてきて、 「クリームあんみつ、おすすめよ」  と、酒焼けしたような低い声で囁きました。どうして抵抗できるでしょう。言われるままに、店で一番値段の高いクリームあんみつを注文しました。
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