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理一が四階へ去った後、松本とふたりきりになった茶倉は二階フロアの通気口をチェックしていた。ケイは控室に待機してる。 「ふん」 通気口は幅50センチ、高さ50センチ程。赤子や幼児ならいざ知らず大人の侵入は不可能だ。 次いで営業所の窓の鍵を解錠する。隣接する建物の間に細い路地。殆ど離れてない。ラブホの外壁に取り付けられた配管がすぐ近くまで迫り出し、そこを野良猫が伝ってる。老朽化著しい雨樋の一部は外れ、卒塔婆ビルに橋を架けていた。 開け放った窓から顔をだし周囲の状況を把握、ある推測を立てる。結論から言えば、茶倉が出向くまでもない木っ端仕事だ。理一を天井裏に送り込んだのは嫌がらせにすぎない。 「お代わり淹れましょうか」 「お気遣いなく」 松本に愛想よく答える。背後に気配が来た。 「理一君とは随分親しい間柄なんですね。お互い遠慮ない物言いでした」 「長い付き合いですからね」 「茶倉さんの事務所で雇ってあげてるんでしょ?」 「依怙贔屓じゃないですよ。囮に使えて便利なんです」 理一は世にも稀なる霊姦体質だ。高校時代の体験を経て霊感に覚醒したは良いものの、自力で祓うことができず憑かれる一方で今も穢れをためこんでいる。これには線路脇の花束や轢かれた犬猫の死体を無視できない本人の性情も多いに関係している。即ち、お人好しは付け込まれるのだ。 「霊に同情するんはアホですよ。一銭にもならん負債が膨らむだけ」 「貴方の事を血も涙もない守銭奴だと言ってました」 「他には」 「本当は優しい」 「は?」 目を据わらせて振り向けば、松本が露骨な誘いをかけてきた。 「どうです、彼がいない間にセフレ一号と三号で親交を温めませんか」 「そっちの趣味ないんで」 「理一くんとは関係を持ってるのに?ずるいな」 松本がうっそりほくそ笑み、茶倉を壁際に追い詰める。 「テクじゃ負けてないですよ。抱かれるのが初めてでも気持ちよくしてさしあげます」 顔の横に手を突き、近付く。 「コレ目当てで呼んだんか。回りくどい」 「困ってるのは事実ですが、お祓いだけが目的ならもっとリーズナブルな業者に頼みましたね」 「アイツの人の良さに付け込むんは悪霊だけやない」 実際の所、松本は計画的だった。マスコミやテレビ、ネットで顔が売れた有名人・茶倉練。 その彼が今も交流の続くセフレの昔馴染みときて、お近付きになりたい下心が働いたのは想像に難くない。 松本が茶倉の尖った顎に手をかけ、上を向かせる。 「あの茶倉練が助手兼任の元同級生とデキてるなんて、世間的には大スキャンダルじゃないですか。大幅なイメージダウンに繋がりかねない」 「脅迫か」 「一回試してみるのも悪くない」 「穴兄弟は願い下げ」 冷ややかに笑って拒む茶倉にのしかかり、華奢な手首を締め上げる。相手が口を開くのを遮り、隅の通気口を意味深な視線で示す。 「卒塔婆ビルは築五十年、あちこちガタがきてるって話しましたよね。フロア間の音も結構響くんですよ。たとえばあの通気口……今叫んだら、四階や天井裏に筒抜けです。理一君はどうおもうでしょうね」 茶倉の表情が強張るのを見逃さず追い討ちをかける。 「助けを求めるなら止めません、どうぞご自由に。上司の面目は丸潰れでしょうがね。理一くんは優しいから、大事なお友達が悪戯されようとしてるのを知ったらすっとんでくるんじゃないかな」 人さし指が会陰をなぞり、突っ張った生地越しにぐりぐり窄まりをほじくる。 「ッ……」 不快に汗ばむ手が背広をはだけ、シャツのボタンを外していく。最初にセフレと名乗ったのは失敗だった、アレで同類だと見なされた。茶倉はノーマルだ、ゲイではない。 よしんばゲイであったとしても、会ってからまだ一時間も経たない男に抱かれたくない。 「自分の店で……節操なし、やな」 性急な前戯に吐息が上擦る。口を手で押さえ喘ぎを殺す。艶めかしい衣擦れに続き、腰に回された手が素肌をまさぐりだす。耳たぶを甘噛みされた。ぢゅくぢゅく孔にねじこまれる濡れた舌。 「ッく、ぁ」 「大きな声出すと理一くんがやってくるよ」 首筋を這い回る舌に追い上げられ、吐息に蒸れる手のひらを噛む。松本は茶倉より上背があり体格が良い。 本気で暴れたら振りほどけるだろうが、それ以上に今してる事を理一に見られたくない。 「ホンマ、すきもん」 シャツが淫らに開き、薄い胸板と赤い突起が覗く。無骨な指が乳首を抓り、引っ張り、ねちっこく揉み潰す。 根元から搾り立てられた乳首が感度を増し、繰り返し唾を嚥下する喉仏が物欲しげに蠢く。 ぐちゅ、唾液の泡が潰れる音と共に舌が入ってくる。顔を背けるのは許されず、敏感に蕩けた粘膜をかきまぜられる。 「んっ、ぐ、はぁ」 痛いほど舌を吸い立てられる間も乳首をいじる手は止まらない。気付けば茶倉は観念し、おずおず舌を絡めていた。 辛抱たまらなくなった松本が茶倉の片足を抱え上げると同時に、異変が起きた。 「何だこれ」 茶倉の背中一面に刻まれた痕。通気口の隘路に殷々と反響する濁った声。 「アンタは勘違いしとる。ここにおるんは赤子ちゃうで、化猫や」 トン、軽く松本を突き放す茶倉。手早くネクタイを締め直し、シャツの乱れを整える。 ガリガリガリガリ、通気口の中で異音が響く。何かが爪を立てているような、死に物狂いに引っ掻いているような音。 「理一を利用してええのは俺だけや」 「ま、待て!今のは冗談だって許してくれよ、ちょっとした悪ふざけじゃないか!嫌っていうならやめる、もうしないって約束するよだから」 何かが凄まじい速さで通気口を下りてくる。茶倉が腕を組んで壁によりかかり、呟く。 「にゃ~お」 通気口から飛び出した黒いかたまりが、床に尻餅付いてあとずさる松本にとびかかる。 卒塔婆ビルに絶叫が響き渡った。 「松本さん!?」 蜘蛛の巣と埃にまみれた服をはたき、天井裏から脚立へ下りる。 エレベーターを呼び出すのも惜しく階段を駆け下りて営業所に直行すりゃ、松本さんが頭を抱えて震えてた。 「一体……」 「卒塔婆ビルの赤ん坊の正体がわかった」 茶倉の声に振り向き、驚く。壁の上部に穿たれた通気口の枠が外れていた。ハンカチの敷布の上に寝かされてるのは、茶褐色に干からびた猫のミイラだ。 「コイツが迷い込んどったん」 俺と同期して営業所に飛び込んだケイが、あんぐり口を開ける。 「そういや猫田さんが言ってました、卒塔婆ビルの近くでよく野良猫を見かけたって。一階の子が時々餌付けしてたみたいだけど」 「出てこれなくなっちまったのか」 通気口の中で飢え渇きに苛まれ、声だけと成り果てなお助けを求め続けた猫に同情する。 「通気口の中は妙な具合に音が響く。せやから猫と赤ん坊を間違えた、身重の女房ほっぽって風俗通いしとる後ろめたさも一因やな」 「お祓いはすんだのか」 アルマーニのスーツは埃だらけだ。茶倉自ら通気口に手を突っ込み、遺体を回収したのがわかった。 拝み屋の孫がケイに聞く。 「綿棒持ってます?」 営業所のシンクの蛇口をひねり、水道水を含ませる。綿棒の先端が湿ったのを確認後、ミイラの口元に近付けていく。 にゃあ、と一声猫が鳴いた。同時にミイラを見下ろす。 「これで大丈夫。遺体は埋めるか焼くかしてください」 茶倉の声が優しく聞こえたのは、くだらない感傷のせいだろうか。最後にお湿りをもらったミイラの顔は安らいで見えた。 「ありがとうございます、マジ助かりました。けど猫には可哀想な事しちゃいました、もっと早く気付いてたら助けられたのに」 何故か放心状態の松本さんを引き立てお礼を述べるケイに、茶倉が提案する。 「保護猫ボランティアに興味があるなら、いい子を紹介しますよ」 ケイの交渉が実り、タメゴローは猫田さんにもらわれることに決まった。野良猫の亡骸は手厚く葬られたそうだ。 「また駄目だ、繋がんねえ」 数日後。 TSSのオフィスでスマホをいじりながらぼやけば、椅子にふんぞり返った茶倉が気のない素振りで聞いてきた。 「誰?」 「松本さん。おごってくれるって約束したのにさー」 「フラれたんか。かわいそ」 「全ッ然心がこもってねえ」 茶倉はスマホを横にして動画を見ていた。興味を引かれ手元を覗き込む。猫田さんちの子になった、元タメゴローが映ってた。 「元気そうだな」 来月には赤ん坊が仲間入りするそうだ。一抹の寂しさを噛み締め、末永く健やかでいてくれと祈る。 「やんちゃで困っとるらしい。名前はチョビ」 「犬じゃん。てか茶倉、俺が天井裏探索してる間に何があったんだ。あれ以来松本さん人が変わっちまってさ~」 「化猫に食われかけた」 「お前がいたのに?」 「俺がいたから、な」 おもむろに立ち上がり、パワーストーンの数珠を巻いた右手で頬に触れる。 「そろそろやな。除霊しよか」 俺は茶倉に逆らえない。何故ってそりゃ、コイツとヤるのが一番ダントツぶっちぎりで気持ちいいのだ。言われるがままソファーに仰向けりゃ、テーブルに飾られたガネーシャ像が視界に飛び込んできた。ご立派な鼻。 「……ガネーシャ様が見てる」 「見せ付けたろ」 「ンな趣味ねえ」 インド人を右に。ガネーシャは後ろに。
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