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数日後、事務所には新品のソファーとテーブルと絨毯が運び込まれた。 模様替えを終えたオフィスをご満悦で闊歩した茶倉が、歌うように自慢する。 「インテリアの弁償代きっちり回収したで」 「だから数えてたのか……」 「器物破損の現行犯に算盤弾く理由なんてそれしかないやん」 茶倉が鼻白む。 「古い。せめて電卓にしろ。馬憑かせたのばれたら訴えられるぜ」 「真夜中に起きて冷蔵庫のにんじん齧る位可愛いもんや、知り合いの医者に夢遊病て診断書かせる」 「ガンジーもダルシムに覚醒するレベルの邪悪」 「世の中物言うんは賄賂。ソファーは買い替え時さかい、ちょい盛った」 「犯罪だかんな?チャーミングなカミングアウトじゃねえぞ?」 人さし指と親指で控えめに度合いを示す茶倉に突っ込む。反省の色は一切ない。清々しいまでにない。絶頂でヒヒーンと嘶いたら絶対バレると思うんだが……。 「ていうか修羅場になるってわかってんのに通すなよ、タワマンのセキュリティガバいぞ」 「ドア開けたんお前やろボケ、使えん助手やな」 「じゃあテメェで接客しろ!」 「女房が世話んなった礼したい言われたら追加料金もらえるかと勘違いするやん」 「礼は礼でもお礼参りじゃねえか」 ツッコミ疲れしてため息を吐いた直後、懐からか細い鳴き声が漏れた。茶倉が胡乱げに片眉を跳ね上げる。 「何仕込んどる。見さらせ」 「強制猥褻!」 茶倉が俺のシャツを大胆に捲り、丸っこい毛玉を没収する。 「……猫」 「見りゃわかんだろ。優しく持てよ」 観念して認める。茶倉に首ねっこを掴まれぶら下げられているのは茶トラの子猫だ。 「どこで拾てきたん」 「タワマンの駐輪場。腹すかせて鳴いてたから」 「苦情来るで」 「別にペット禁止じゃねーだろ」 「餌付けなら外でせえ」 「四十四階と往復すんの骨折れるし直接連れてきた方が早いじゃんかよ」 「親は?」 「見当たらなかった。迷子かも」 「畜生にやるもんないで」 「魚肉ソーセージやかにかま、シーチキン缶は?」 「きもっ、なんでうちの冷蔵庫の中身把握しとんねん」 「家主に代わってスーパー成城に買い出し行ったからだよ!てか魚肉ソーセージかにかまシーチキン缶なんてどこで買っても一緒だろが、なんでもあってすげーな成城!」 褒めてんだか貶してんだかわからんツッコミを勢い余って入れたのち、薄情極まる茶倉の手から子猫を取り返す。 「よーしよしよし。お兄さんにいじめられて可哀想にな、怖かったなー」 「ニャー」 野良にしちゃ人懐こい。捨て猫か、もしくは俺以外のヤツにも餌もらってんだろうか。頬ずりしてくる子猫の喉をこちょこちょくすぐり甘やかす。茶倉はこの上ない渋面。 「ゴブラン織りに毛玉吐いたら三味線にしたるよって」 「冷血ブルジョワジー」 「なんとでも言え」 「成金。タラシ。銭ゲバ」 「痛くも痒くもない」 「たこ焼きにマヨネーズかけるとか邪道、いてっ!」 おもいきり頭をはたかれた。 「大阪生まれかてたこ焼きにはソースとマヨネーズかけるわアホんだら、紅しょうがとカツ節と青のりも忘れんな」 「人によりけりだろ!?」 「ほなからあげにレモン絞るんは正道か?たけのこきのこ戦争の最中にも同じこと言えるん?」 「きのこのヘタとりゃたけのこじゃん……」 往生際の悪さ全開の抗議は全スルーし読みかけの雑誌を開く。仕方なく冷蔵庫を開け、平皿に注いだミルクを子猫にだす。 「たんと飲めよタメゴロー」 「オスなん?」 「確認済み。小さくても立派なタマが付いてた」 「タメゴローてどんなセンス」 「昔飼ってた猫の名前」 「死んだ畜生の名前付けんな」 「柄がよく似てる、生まれ変わりかも。お前は?何て付ける?」 「トラッキー」 「阪神タイガースのマスコットじゃねえか」 「ほな真弓か江夏か掛布」 雑誌から顔も上げず即答する。タイガースファンめ。 小4の頃車に轢かれて死んだ飼い猫をしみじみ偲び、ミルクを啜るのに夢中なタメゴローをなでる。 次いでビニールを剥いた魚肉ソーセージを与えた所、よっぽど腹ぺこだったのか凄い勢いで齧りだす。 茶倉が雑誌をめくるタイミングに合わせ、意を決し切り出す。 「なあ茶倉」 「飼わん」 「最後まで聞け」 「ここは俺の家、俺が家主。飼うなら自分のアパートにせえよ」 「ペット禁止だもん」 「動物は汚ゥてうるそォて嫌いなんじゃ。特に猫」 「なんでだよ可愛いのに」 「あちこち毛玉吐き散らかすのにぞっとする」 「いや、俺も初めて見た時たまげたけど……」 「ノミダニ沸くし」 「猫背にコロコロかける」 「誰が躾けるん。お前?」 「通いで……」 「帰った後はどないする?俺が面倒見るん?やなこっちゃ」 「生類憐む心を知れよ!」 「犬公方でも下りたんか」 無理言ってるのは重々承知だ。しかしここで引く訳にいかない。 魚肉ソーセージをぺろりとたいらげたタメゴローを抱えて茶倉に詰め寄り、懸命に交渉する。 「飼い主が見付かるまで少しの間でいいから、な?だめ?」 「あかん」 「じゃあTSSのホームページに里親募集の広告打ってくれ。捨てられた子猫をほっとけないチャクラ王子、好感度アップ間違いなし。子猫とイケメンの組み合わせあざとくて萌えるだろ、刺さる層には刺さるはず。お前のファンの綺麗で優しいお姉さんやセレブ妻が引き取ってくれるはず」 力強く訴える俺。悩む茶倉。円らな目を潤ませるタメゴローは動物愛護団体のポスターを飾れる愛くるしさ。 「招き猫は福を呼ぶ縁起もん、客寄せにゃもってこい。絶対ガネーシャより効き目あるって、可愛いし。マスコットキャラ世代交代の節目だよ」 タメゴローの前脚を持ち先っぽで招く。暑苦しい説得。直後、生温かい液体がシャーッと迸り…… 「うわっ!?」 「臭。寄んな」 茶倉が鼻を摘まんで追い立てる。なんて友達甲斐ないヤツだ、見損なった。待てよ、干されたガネーシャが怒ったのか?一旦タメゴローを下ろし、むきになってズボンを拭く。 「観葉植物の鉢植えあんのに」 「枯れたら責任とれ」 「猫砂撒いて簡易用トイレにしちゃだめ?」 「石灰と重曹買ってこい」 「わ~埋める気満々」 「猫ちゃうで。お前」 後始末に追われてる最中にスマホが鳴った。液晶に表示された名前はそこそこ長い付き合いの男。即座にボタンを押し耳元に掲げる。自然と愛想よい声がでた。 「もしもし理一です。松本さん?先月ぶりですね~元気でした?はい、俺の方は相変わらず……はは、また飲みに行きましょうよ。え?茶倉にっすか」 知人からの電話に困惑し友人の横顔を観察。むっちゃ聞き耳立ててる。 「はい……なるほど……でも高いっすよ?ぶっちゃけ暴利っす、悪いこと言わないんで他当たった方が」 「待てこら」 「事実だろ」 スマホを手で覆い振り向く。茶倉はご機嫌斜めだ。仕方なく説明する。 「俺の知り合いの松本って人がお前を見込んで依頼したいって」 「TSSで働いとること漏らしたんか」 「先月飲んだ時ぽろっと。ノリで」 「口も尻も軽ゥて救えん」 「守秘義務あんなら前もって教えとけ」 「お情けで雇ったらんかったら路頭に迷っとった無職の分際で偉そうに。貸せ」 不意を突いてスマホを奪い取り、1オクターブ高いよそ行きの声をだす。 「只今お電話代わりましたTSS代表の茶倉練です。理一くんからお話伺いました、彼の知人だそうで……はい、はい。なるほど……事故物件?はあ……雑居ビルの二階に。他のフロアは?そうですか、皆さん引き払ってしまった……」 怜悧な知性を帯びた双眸が背後に切られた窓の方を向く。眼下には近代的な摩天楼。思案げに頷いて唇をなぞり、もったいぶった返事をする。 「わかりました、お引き受けします。理一くんのご友人の頼みを無視できませんからね」 その後通話を終えたスマホを無造作に投げてよこす。俺はといえば、現金すぎる豹変ぶりにあっけにとられていた。 「どなたですか?」 「俺や俺」 「依頼人が野郎でも愛想よくできたんだな」 「だてに表情筋鍛えとらん」 「サンキュ」 「お前の知り合いとやらに興味あるだけ」 ふてくされ頬杖付く茶倉。切れ長の双眸が辛辣に細まり、端正なくちびるが毒を吐く。 「人伝に仕事もってくる根性がせこい。友達割引通じる思たんかいな」 松本さんを悪く言われムッとする。擁護しようと口を開きかけ…… 「ニャー」 タメゴローが机の脚で爪を研ぐ。茶倉が目を吊り上げて叱り飛ばす。 「三十五万!」 「猫に請求すんな!」
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