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俺と茶倉が足を運んだのは日本最大の繁華街、新宿二丁目某所の雑居ビル。 助手に運転させた車から降りるなり、率直すぎて失礼極まる第一印象を延べる。 「卒塔婆みたいやな」 けばけばしいネオンが照らすラブホと二十四時間営業のコンビニに挟まれた細長い外観は、くすんだ外壁と相まって確かに卒塔婆に似ていた。 「無茶ぶりして申し訳ない、受けてくれて本当に助かりました」 二階フロアのエレベーターホールで俺たちを待ってたのは、ポロシャツにコットンパンツを着崩した三十路の男。細くうねるソバージュの髪を脱色し、遊び人っぽい雰囲気を出している。右目の泣きぼくろがチャームポイントだ。 「はじめまして、松本弘です」 外面の良さに定評ある茶倉が鉄壁の笑顔で切り返す。 「TSS代表茶倉練です。理一くんの知り合いだとうかがいましたが」 「ええ、彼とは飲み友達でして……」 松本さんが横目で合図を送ってよこす。正直に話すかどうするか迷い、下手に隠し立てしても無駄だと開き直り咳払い。 「二丁目のゲイバーで知り合ったお仲間。五歳上」 「知り合いは知り合いでも尻と尻合わせるほうか」 「誰がうまいこと言えと」 「寝たん?」 「ばっ!?」 身も蓋もなさすぎ。 「~もうちょっとオブラートにくるめよ……」 「セフレなん?」 「そうだよ!」 俺はゲイだ。しかしなりたくてこうなったんじゃない、聞くも涙語るも涙ののっぴきならない事情がある。 というのも、思春期に悪霊に掘られまくり前立腺を開発されちまったのだ。ケツ掘るだけなら指でも玩具でもいいだろというのは素人のご意見で、本物でしか味わえない躍動感や肉感がある。あるったらあるのだ。 気まずい沈黙を破ったのは、人たらし検定一級に余裕で合格できそうな如才ない笑顔と挨拶。 「改めまして自己紹介を。理一くんのセフレ一人目、茶倉練です」 スマートに名刺をさしだす茶倉に「ご丁寧にどうも。三人目です」と松田さんが会釈、握手を交わす。 「三人目……」 冷えゆく微笑と反比例し硬度を増す侮蔑の眼差し。物理的に痛い。俺はいたずらに手を動かし、しどろもどろ弁解する。 「すっごい淫乱だと思ってる?思ってるよな?聞け、わけがあるんだ。本命できたヤツとセフレ続けんの後ろめたいじゃん、だからキープしてんの、体の相性重視の割り切った関係。松本さんもそのへんちゃんとわかってっし」 「持久力じゃ一番です」 「さよかさよか。俺が勃たんでも代わりがおるんか」 「それとこれは別だろ、お前とは仕方なく」 「たまったもんヌいとるだけやしな」 やべ、墓穴掘った。案の定茶倉は機嫌を損ね、俺を完全にシカトして松本さんと話し始める。 「理一くんとは高校の同級生らしいですね、びっくりしました。茶倉さんといえばメディアで頻繁にお見かけする有名人じゃないですか」 「ただの腐れ縁です。松本さんは何のお仕事をされてるんですか」 二階フロアの入口は赤いカーテンで仕切られ、怪しい雰囲気を放っている。 横のボードには若く可愛い青年たちの写真が貼ってあった。松本さんが照れ臭そうに頭をかく。 「ゲイ専用風俗『チュッパチョップス』を……」 俺のセフレの一人、松本さんの依頼。自分の店が入ってるビルに出る、赤ん坊の霊をなんとかしてほしい。 まだ開店前でキャスト不在の二階フロアの奥、俺と茶倉を営業所に案内しパックの茶を淹れる。 立ちっぱなしも何なんで勧められるがままパイプ椅子に掛け、話を聞く体勢に移行。 「先月上旬頃からでしょうか、ビルに入ってる店の連中が異変を訴え始めたんです。通気口から赤ん坊の泣き声が聞こえるとかで」 「心当たりは?」 「個人的にはさっぱり。生粋のゲイですからね。とはいえ二丁目にあるビルですし、店を始める前の事までわかりません。風俗嬢が堕ろした水子やコインロッカーに捨てられた赤ん坊……いくらでも挙げられますよ」 不快そうに唇をひん曲げる。俺も同じ顔をしてるはず。一同の視線が壁にもうけられた通気口に集まる。ビルで働く人間曰く、赤ん坊の泣き声はあそこから聞こえるらしい。 茶倉が慎重に念を押す。 「四階建てですよね」 「はい」 「他のフロアの方々も聞いたんですか」 「証言は皆似通っています。一階ガールズバー、三階ファッションヘルス、四階の創作居酒屋……通気口の奥からか細く弱々しい、今にも息絶えそうな泣き声が聞こえてくるんです」 赤ん坊の霊が通気口の中を這い進む光景を思い描き、ぞくりとする。 パイプ椅子に掛けた松本さんががっくり肩を落とす。 「もともと入れ替わりの激しいビルだったみたいなんですが、変な気配を感じるようになったのはここ最近です。他のフロアの店は撤退しました」 「超常現象発生から一か月足らずで?随分決断が早いですね」 「築五十年のボロですし、今回の事がなくても移転を考えてる店は多かったですよ。界隈じゃ一番古いんじゃないかな?口さがない連中は卒塔婆ビルとか呼んでます、見た目がぽいでしょ」 「ほらな」 「え?」 「こちらの話です。電話じゃ事故物件とおっしゃってましたが、何か関連する事件があったんでしょうか」 「何十年も前に店の子と客が別れる別れないでもめて、刺したとか刺されたとか」 「死んだ?」 「そこまでは。俺も噂だけで」 松本さんの愚痴に応じて室内を検分する。天井に取り付けられた扇風機の羽はヤニで汚れ、壁には不気味なシミが浮き出ていた。お世辞にも清潔で快適とは言い難い環境。 沈没船から脱走を企てるネズミよろしく、他の店がこぞって逃げだすのもわかる。 「うちの店員も怖がっちゃって仕事になんないんです、ヤッてる最中に変な声聞こえちゃ興ざめでしょ」 「お客さんも聞いてるんですか」 「聞こえる人もいればいない人もいます。やっぱ霊感のあるなしが関係してるんでしょうか」 「一概には言えませんが……その可能性はあるでしょうね」 言葉を濁す茶倉を遮り、エレベーターの到着音が響き渡る。 両手に分かれ開いたドアから出てきたのは、髪をビビッドなピンクに染めた細身の青年。 「おはよーございまーす」 「ケイくんおはよ。珍しく一番乗りだね」 営業所に顔を出した青年が松本さん・茶倉・俺を見比べ、また茶倉に立ち戻る。 「嘘っ、マジでチャクラ王子呼んだんすかパねえ!知り合いの知り合いってフカシじゃなかったんすね、見直したっす」 「松本さん店の子にまでぺらぺらしゃべってたんすか……」 「いや~有名人が知り合いの知り合いってレアで自慢したくなっちゃって」 パイプ椅子に腰かけた茶倉を指し、ミーハーに騒ぐ青年……ケイを、松本さんがいそいそ手招きする。 「ちょうどよかった、証言してよ。仕事中に例のアレ聞いたんだろ」 「えっ……まあハイ、いいっすけど。一瞬だけだしあんま参考になんないっすよ」 うってかわって及び腰でやってきたケイに向き直り、茶倉が質問。 「泣き声を聞いた時の詳しい状況を聞かせてもらえませんか」 「え~と、先週の火曜……でしたかね。俺を毎回指名してくれる常連さんがいて、90分コースで入ってたんですよ。オーナーも知ってるでしょ、猫田さん。本名は横田さん」 「なんで猫田さんとおっしゃるんですか?」 「そりゃもー狂ったみたいに猫好きだからですよ、何回スマホで撮った飼い猫自慢された事か。見ますあの人のSNS、YouTubeに動画も上げてるんです」 ケイが苦笑いでスマホを操作、猫田氏のSNSとチャンネルを見せてくれた。液晶を流れてくのは猫と戯れる夫婦の2ショット。女の方は腹がデカい。思わず顔をしかめちまった。 「奥さんの妊娠中にゲイ風俗通い?」 「よそに女こさえるよかマシ」 茶倉のフォローになってねえフォロー。ふとタワマンに留守番中のタメゴローを思い描く。餌とミルクは余分に用意してきたが、寂しがっちゃないだろうか? 視線を感じて顔を上げりゃ、茶倉が人の神経を逆なでするぬる~い笑みを浮かべていた。 「『うちの子のほうが可愛い』って顔」 「猫は遍く可愛い」 「で、どうします?一応許可はとってあるんで、他のフロアも見て回れますけど」 松本さんの話じゃあと一時間で営業が始まるらしい。今日位休めばとも思うのだが、予約が入ってるのでそうもいかないそうだ。客商売は大変だなあと同情する。茶倉が人さし指を曲げて俺を呼ぶ。 「理一。天井裏」 「見て来んの?俺が??」 語尾を跳ね上げ確認をとる。茶倉がにっこり微笑む。猫かぶり検定一級に合格できそうな笑顔。 「全フロアの従業員が聞いとるっちゅーことは、個人やのォてビルに憑いてはる可能性が高い。通気口は天井裏に繋がっとるやろ」 「やだよ、赤ん坊のミイラ見付けちまったらどうすんだよ」 「パシリに拒否権はない。いけ」 泣く泣く腰を上げエレベーターに赴く。隣に気配を感じて目を上げると、松本さんが同情を込め苦笑いしていた。 「なんというか……話に聞いてた通りだね」 「こき使われてんでしょ」 「巻き込んじまってすまない。この手のトラブルは初体験で、咄嗟に浮かんだのが理一の顔だった」 敬語から砕けたタメ口に変わる。二人で会うときはこんな調子だ。まあ、頼られるのは悪い気がしない。茶倉は少し離れた場所で通気口の位置関係を調べてる。 鬼上司が見てない隙に、声をひそめておねだりする。 「全部終わったらおごってくださいね」 「その後は」 腰に回された手がジーパンの尻をまさぐる。くすぐってえ。最近ご無沙汰な尻穴がむずむずしてきた。茶倉の目を盗んで俺もまた手をのばし、松本さんにじゃれ付く。 「わかってるくせに」 さすがにキスする度胸はない。エレベーターの扉が開く。戯れに咽喉をくすぐる指から逃れ、乗り込む。 「行ってくる」
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