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俺には腐れ縁の友人がいる。
名前にちなんでチャクラ王子とかもてはやされ調子こいてんのは業腹だが、実際世渡り上手というか抜群に要領がいいのは認めざるえない。履歴書の特技欄に「処世術」と堂々記入できるレベル。
なんたって名門K大卒、インドに留学経験あり、二十代半ばの若さで年収ン千万を叩き出すイケイケ個人事業主。さらに付け加えるなら、高級タワマン四十四階で下々を見下ろしセレブな一人暮らしを満喫中。
どうだこの華々しい経歴、俺みたいな凡人は後光に目が眩みひれ伏したくなる程ご立派だ。
当人に言わせりゃアウラと書いて魂の品格が違うらしい。
高名な拝み屋として知られる祖母の七光りを蹴散らす破竹の快進撃を続けてきた、名実ともにサクセスストーリーの主役にふさわしい逸材といえる。
余談だが唯一の肉親の祖母とは絶縁済み。以前から険悪な仲で、学費は中坊の頃からやってる株転がしで稼いだんだそうだ。見かけによらず苦労人な王子様……そんなギャップが女心をくすぐるのか、既婚未婚問わず依頼人とねんごろになんのが趣味。単に手癖が悪くて無節操なだけか。
というわけで、本日も寝取られ亭主が異議申し立てにやってきた。
「いらっしゃ、ぶ」
弾け飛ぶ勢いで開け放たれたドアから、額に青筋立てた男が乱入する。おかげで鼻っ柱を打ち付けた。
「俺の女房に手ェ出したエセ霊能者はお前か!」
真っ赤になった顔面を押さえへたりこむ俺をよそに、男は怒り狂ってる。第一声からしてキマってた。茶倉はソファーにふんぞり返り茶をしばいていた。
コーヒーを一口啜り、繊細な装飾が施されたウェッジウッドのカップをソーサーに戻す。
「どの女房?銀座でカフェ経営しとる理恵子さんか池袋で古着屋やっとる智ちゃんかインテリアショップ仕切っとる愛梨さんか」
「吉祥寺の歯科衛生士のまりなだよ!」
全部ハズレ。掠ってすらいねえ。
旦那がソファーを蹴飛ばす「五十万」白磁のティーカップをぶん投げる「八万」本場イタリア産ゴブラン織り絨毯にコーヒーが染みる「二十一万と七千」ガラスの灰皿を振り抜く「十二万とんで千二百」「金額以外に言うこたねェのかよ守銭奴!」破壊された調度の値をいちいち呟く茶倉、素晴らしい記憶力の無駄遣いだ。反射神経がとびぬけてるのがまた憎たらしい。
「どわっ!?」
インド土産のガネーシャ像が宙を飛び冷や汗をかく。咄嗟に頭を引っ込めた俺の背後で茶倉がナイスキャッチ、テーブルに置き直す。
「ガネーシャは商売繁盛の神様。粗末に扱うたらバチあたる」
「なめてんのか、まりなは俺の女房だぞ!」
「まりなさんはあんたのもんちゃうし、自分で抱かれたい男選んだだけやろ」
知ってた、茶倉練は地雷原の上でタップダンスする男だ。赤信号の横断歩道で反復横跳びする命知らずと言い換えてもいい。
アルマーニの胸ぐら掴まれた茶倉は眉一筋動かさない涼しい顔。「アンタが風俗に入れあげて女房ほかすんが悪い」と開き直り、火に油を注ぐと見せかけ、得意な詐術もとい話術を用い丸め込んだ。具体的にどうしたのかというと……
男の鼻先にピンと人さし指を立て、含み笑いで押し返す。
「ほな取引しまひょ。アンタに現代人のゴッドファーザーの異名をとる絶倫、チンギス・カンの霊を下ろしたる。コイツはモンゴル帝国を築いた英雄で、生涯で3千人以上の妻を娶り2千人以上の子どもをこさえたいわれとる。今じゃ1千6百万人の子孫が大陸股にかけ散らばっとる世界史公式ビッグダディ、憑いて突いてツキまくりモテモテ間違いなし、チンチンギンギン漢略してチンギン・漢の爆誕じゃ」
盛大に両手を広げ宣言後、声を潜めて耳打ちする。
「バイアグラより効く」
旦那が生唾を飲む。
結果、インチキセールストークの勝利。流暢な謳い文句にだまくらかされ、上機嫌で帰って行ったアホな背中を忘れられない。
「ちょろ」
悪魔の角としっぽを生やしケケケと見送る茶倉を引き気味に一瞥、詐欺師が儲かるわけだと諸行無常を噛み締める。
「―で、下ろしたの?」
「種馬の霊を」
「人ですらねえ」
「馬力がのォてすぐへばる嘆いとったからちょうどええやろ」
その後馬並の下半身を得た旦那がハッスルした事で夫婦関係は改善され、茶倉は妻と旦那双方から恩人と仰がれた後日談が付く。
教訓、正直者は損をする。世の中は不条理だ。
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