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どれだけの時間がたっただろうか。
いや、時間は相変わらず23時59分の時点で止まっているのだが・・・・・・
ようやく一人の人間を見つけた。
かなりの高齢の、おばあさんのようだ。
「もしもし、少しよろしいですか。」
さっきまで住居不法侵入を繰り返していた男が、丁重に話しかけた。
「うむ・・・・・・?なんじゃ、新入りか。」
「・・・・・・新入り?」
嫌は、このおばあさんから、くわしく話を聞くことにした。
「あたしゃの名前は、天麩羅祖婆じゃ。こっちの世界に来た時は、84歳だったが、それから随分とたったため、推定では106歳といったところかのう。
この世界についてまずは説明しておこうか。この世界は、年越しの時にそばを食べなかった者のみが訪れることのできる、大晦日の夜で時間が止まった時空じゃ。いや、正確には違うな。この世界と元の世界は同じじゃ。むしろ、 年越しそばを食べることで、人々は『新年』という世界にワープすることができるのじゃ。また、この世界に来た者は一年遅れで、来年の世界にワープできる。ただし、その時にはすでに来年の世界の人々は再来年の世界にワー プしているので、この世界で何もしないまま過ごしていたら、永遠に追いつくことはできない、というわけじゃ。」
嫌は、驚愕の事実に言葉を失った。
しかし、すぐに思い直し、
・年越しそばを食べない文化の家もある。
・外国では、そもそも食べている人のほうが少ない。
・科学的に証明できない。
を繰り返し主張した。
「たしかに普通ならそうじゃ。年越しそばを食べなかったぐらいで年を越せないということはなかろう。しかし、この地がどこか知っておるか?ここは、大昔、年越しそばの文化が発生した地ぞ。年越しそばの神は、我々にお怒りで、それで来年の世界に行かせてもらえなかったのじゃ。」
なんというご都合主義な設定‼
でも、現実こんなことが起きているのだから、認めるしかない。
「では、そばを食べたら、我々も来年へ行けるのですか?」
「おそらく。しかし、それは至難な技ぞ。それができたら苦労しないわい。」
嫌は首を傾げた。
何を言っているのだ。そばならスーパーにもどこにでも売っているだろうに。
もちろん気持ち的な面では、耐えがたい苦痛であろう。しかし、それを除けば、何も問題はないであろうに。
「そんな簡単な話ではない。神は我々に試練を与えている。そう!この世界に、そばは存在しないのだ――‼」
そんな手をかざして、決めポーズを取られても。
くわしく聞くと。
曰く、まず大晦日の23時59分00秒で、この世界のそばが、すべて来年の世界(これ以後は『来世』と表記。) にワープする。それ以外の万物は複製される。また年越しそばを食べた人間は、23時59分59秒をもって、ワ ープする。
つまり、この世界は、そばだけが消えた世界なのだ。
最高じゃん、と一瞬考えた嫌だが、同時に自分達は永遠に、来世には行けないことを気づく。いや、待てよ。嫌は名案を思い付く。
「麺にする前の、そば粉は手に入れられないのですか?もしくは、粉にする前のそばの実・・・・・・とか。たとえ それが両方無理でも、そばの種を植えればよいのでは?」
天麩羅は、肩をすくめて答えた。
「確かに、ごく少量のそばの種を入手することはできる。それを育てて大量生産する算段だったのじゃろうが・・・・・・ 甘いな。空を見てみよ。この世界に朝が訪れることはない。永遠の闇の世じゃ。そんな場所で、植物を育てること などできるはずがない。もっとよく研鑽を積むんじゃな、若造。」
こう言われては、嫌はお手上げである。
肩を落として、家へ帰ろうとしたのだが・・・・・・
「まあ待て。せっかくの機会だ。あたしゃの仲間を紹介してやろう。」
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