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それでも不定期とはいえ発情期が来るようになった僕の身体はこころなしか線が細くなったように見える。気のせい・・・と言えばそれまでだけど、僕はそのささやかな変化が嬉しかった。オメガが嫌がる発情期も待ち遠しく思い、来るとほっとした。たとえとても軽く済んだとしても、これで少しはフェロモン量が増えるかも、と思うと嬉しくて仕方がなかった。
そんな僕が二年に上がる頃、ようやく春が訪れる。
同じサークルの先輩が僕を気にかけてくれたのだ。
その先輩は二個上のアルファ。
最初は僕のわずかなフェロモンを嗅ぎ分けてくれたのかと思ったけれどそうではなく、純粋に僕を気に入ってくれたようだった。なぜなら先輩は僕のことをベータだと思っているからだ。それでも僕自身を見てくれて、そして気に入ってくれたことが嬉しくて、僕はその場でOKを出そうと思ったのだけれど、その瞬間頭に中学のあの淡い初恋が思い浮かんだ。
高校の頃こそ忘れられなくてずっと思っていたけれど、大学に入ってからは徐々に忘れていき、最近ではほとんど思い出すことはなかったのに・・・。
そんな僕の戸惑いを敏感に感じとった先輩は、僕にこう訊いてくれた。
『どう断ろうか困ってる?』
少しさみしそうなその言葉に、僕は急いで否定した。
『違います。でも・・・あの・・・』
だけど自分でも分からない思いを口で説明することが出来ない僕に、先輩はふわりと笑った。
『良かった。とりあえず考えてくれる余地はあるんだね』
『え?』
『俺たち同性だろ?だから初めから拒否られることも覚悟してたんだ。でも君は俺を、とりあえず恋愛の対象には考えてくれたから』
その嬉しそうな顔に、僕の心はふわりと温かくなる。
確かに僕をベータと思っている先輩は、僕の恋愛対象は異性だと思っている。この場合の異性は女の子だ。ベータの男性は一般的には三性の女性が恋愛対象とされ、日本の婚姻もそれ以外は認められていない。唯一オメガの男性も対象に入るものの、オメガとベータでは子供はできにくく現実的では無いため、その組み合わせはほとんど見られない。
だからアルファの男性である先輩は普通で見たら僕の恋愛対象外なのでそう思われるのは当たり前なんだけど、それでも僕を選んでくれたことに心にずっとあった重たいしこりが軽くなったような気がした。
あの、中学のときに聞いたあいつの言葉は、あれ以来ずっと僕の中にしこりとして残り、僕の心を重く暗いものにしていたからだ。
『先輩こそいいんですか?僕なんかで』
とりわけ容姿が麗しいわけでも、なにか特別に優れたところもないごく普通の僕で本当にいいのだろうか。だって先輩はアルファだ。見た目もかっこよく、頭もいい。学内でもすごくモテることを知っている。
『なんか?君は全然『なんか』なんかじゃないよ』
まるで言葉遊びのようにそう言うと、先輩は目を細めて僕を見た。
『確かに君は特別目立つとこもないし、なんでもできるほど器用ではない。それに第二性もベータで、本来ならアルファの男の俺と恋愛する意味は無い』
その言葉に僕の心が痛む。
やっぱりなんの取り柄もないベータと思われている。
『だけどなぜか俺は君を無意識に探してしまうんだ。そして見つけると君を目で追ってしまう。こっちを見て。俺に気づいて。そう思いながらいつも君を見ていた』
その意外な言葉に僕は先輩を見る。
『俺もね、正直同性を好きになるのは初めてなんだ。というか、この思いが本当に『好き』なのかもまだ分かってない。でも君のことが気になって、気がつくと君を思っている。だからもし君も僕を拒絶する気持ちがないのなら、友達から始めてみないか?』
にっこり優しい笑顔でそう言ってくれる先輩に僕の心はすごく温かくなって、思わず涙がこぼれてしまった。そんな僕に驚きながらも、頭をよしよしと撫でながらさらに言葉を重ねる。
『友達以上恋人未満。どう?』
僕の頭を撫でながら目を細めて優しく覗き込んでくれる先輩に、僕は何度も頷いた。
『よろしく・・・お願いします』
そんな僕に、先輩は本当に嬉しそうに笑ってくれた。
『こちらこそよろしく』
そうして僕達は始まった。
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