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そうは言っても『恋人未満』の僕達。初めの逢瀬は学内のみだった。
ランチを一緒して、それから空いた時間も会うようになって、僕達は二人で色々な話をした。 それでも僕は自分の性については話さず、先輩はずっと僕のことをベータだと疑わなかった。
話してもいいとは思った。別に隠しているわけじゃない。でもこんなこと初めてで、少しでも先輩の思うところと違ったら嫌われてしまうんじゃないかと思うと怖かったのだ。
それでも発情期が来たり先輩が僕のフェロモンに気づいたら、その時は正直に話そう。だけど僕の不安定な発情期は先輩と一緒にいるようになってから全然訪れず、フェロモンも相変わらず薄いままだった。だけどそれでも学内での逢瀬を重ねていくうちに、二人の関係は一歩前進することになる。
『今度の週末観に行かないか?』
ちょうど最近公開されたばかりの映画の話しをていた時だ。それは以前公開された映画の続編で、僕も先輩もそれを観ていた。だからその続編を今度二人で観に行かないかと言うのだ。
胸がドキドキした。
それは、先輩が僕のことを本当に好きだと認めたということだ。
そもそもこうして『恋人未満』の関係を始めたのは、お互いに相手への思いを確認するためだ。それを進めるということは先輩は自分の気持ちを認め、僕は先輩と付き合うことに前向きになったということになる。
僕はどうしたいのだろう。
正直先輩との時間は楽しかった。先輩からメッセージが来ると嬉しくて、待ち合わせ場所に行くのが待ち遠しかった。なのに頭にあいつの顔が浮かぶ。
でも、僕にとったらこれが最初で最後のチャンスかもしれない。
もちろん一生添い遂げる関係になるとは思わない。それこそ短い恋かもしれない。だけど一生誰とも付き合わないよりは、たとえ短く終わったとしても少なからず好意を持っている人と付き合った方がいい。
僕だって、誰かと経験してみたい。
たとえポンコツでもせっかくオメガに生まれたのだ。誰かと肌を重ね、交わってみたい。それがこんなカッコよくて優しいアルファだったら・・・。
僕は先輩の誘いを受けた。
それがどういうことか分かった上で。
きっと、行くのは映画館だけじゃない。
そして身体を密着したら、僕のフェロモンに気づくだろう。そして僕がオメガだと分かってしまう。
ドキドキした。
先輩の目もとも少し赤くなっている。
『初めてのデートだね』
先輩から艶を含んだ香りがする。
『・・・よろしくお願いします』
大丈夫。
先輩は優しくてとてもいい人だから、僕のフェロモンに気づいてもきっと僕を受け入れ、優しく扱ってくれる。先輩はオメガである僕を拒絶したりしない。
僕は覚悟を決めた。
あいつの顔が頭から離れないけれど、もう二度と会うことはないのだ。叶わなかった淡い初恋に、心が酔っているだけだ。それは思春期によくある恋に恋してるだけ。今までそう思う対象がいなかったから、初めて好きになったあいつのことがいつまでも忘れられなかっただけだ。
これからは先輩が僕の心に住んでくれる。
そう思って、僕は頭に浮かぶあいつのことを無理やり隅に追いやった。
そうして僕達はデートの日を迎えた。
初めての待ち合わせ。
初めての二人だけの映画。
誰かと付き合ったことの無い僕にとって、それは全て初めてのことで、ずっとドキドキしっぱなしだった。あんまりにも緊張しすぎて、しかも隣に座る先輩をすごく意識して映画の内容もあまり入ってこなかった。なのに映画は終わり、僕達は食事に行くことになった。
先輩のおすすめのそのカフェはとてもオシャレで料理もおいしそうだったのに、ずっと緊張したままの僕はその味もよく分からず、映画について話す先輩の話しをただ聞いていた。
僕の感想も訊かれたらどうしよう。
ほとんど内容を覚えていない僕は内心焦りながら先輩の話を聞いていたけど、先輩が僕に尋ねることは無かった。けれど食事も終わりに差しかかると、僕の緊張はさらに強くなる。
この後はやっぱり・・・。
映画も観た。
食事も終わった。
外はすっかり夜だ。
あとは・・・。
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