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どうしてなのか。
それを考える力はもう僕にはなかった。僕は自分の本能が望むままそのアルファに身を委ね、意識を手放した。
意識が飛ぶほどの発情。
通常のオメガは発情期間に一度は意識が飛ぶらしい。それも一度なら軽い方。重い時はその期間のほとんどを覚えていないという。
僕はそんな話をオメガの授業や母から聞いていたけれど、実際に体験したことは無かった。
なかなか訪れない発情期。やっと訪れても通常の男子の生理現象程度の欲情が3~4日続くのみ。そんな僕が意識を飛ばし、記憶も無くすくらいの発情の波に飲まれてしまうなんて想像もしなかった。
ただ覚えているのは身体の奥底から湧き上がるアルファへの渇望とそれに応えるように何度も打ち込まれる昂りと精。なのに治まることのない熱に何度も泣いて求めた。
もっともっと・・・僕のお腹に精をちょうだい。
このお腹に、アルファの子を宿したい。
抗うことの出来ない本能の叫び。
激しく求め、与えられ、そして少し落ち着くと身体を拭かれて食べものを口に運んでもらっていた。まるで雛鳥のように。
激しい交わりと優しいお世話。
僕の頭の中にはその記憶の断片がわずかに残るのみで、そのほとんどを覚えていなかった。そして気づいた時には知らない香りと温もりに包まれていた。
先輩の香りではない、知らないアルファの香り。なのに僕の中には焦りも恐怖もなかった。それどころかなんとも言えない幸福感に満たされていて、僕は生まれて初めて感じる最高の幸せの中で目を覚ました。
目を開けるとそこには誰かの素肌。
僕はその知らないアルファに正面から抱きかかえられている。
まだ寝ぼけているのだろう。
知らない裸のアルファに、これまた裸の僕は抱きしめられて知らないベッドに寝ているというのに、それがどうしてなのかとか、何をされたのかとか全く思い及ばず、この人誰だろう?とただ顔が見たくなった。だからその人の顔を見上げようと少し身を離した瞬間、背中に回っていた腕に力が込められて僕の顔はその人の胸に押し付けられる。そしてそれと同時に心も縛られる。
心を縛る、とは正確な表現じゃ無いかもしれないけど、身体とは別にその人の力が強く僕を縛りつけたのだ。
これってアルファの力?
アルファの力には威圧や独占力、支配力があるって聞いたことがある。そしてそれは主に同じアルファやオメガに向けて放たれる。だけど僕はポンコツオメガなのでそんな力を向けられたことは今まで無かった。
これは支配力?
このアルファ、僕を支配したいの?
そう思うそばから力は強くなり、僕は身動きが取れない。なのになぜだろう。僕の心も身体もその力にぞくぞくするような歓喜に包まれる。
もっと縛って欲しい。
冷静に考えたら、その時の僕はどうかしていたんだと思う。
だってどこの誰かも分からない知らないアルファに、おそらく発情した僕は犯され、それも発情期の間ずっとされ続けた挙句、アルファの力で縛り上げられているのだ。なのにその事になんの疑問も持たずにもっと縛って欲しいと思うなんて。
でも本当になんの疑問も恐怖もなかったんだ。それどころかすごく心地よくて幸せで、ずっとこうしていたいほどだった。
そんな僕の耳元で声がした。
むぎゅっと僕を抱きしめるその人は僕の頭を胸に抱え込み、耳元に顔を埋めている。
「逃がさないから」
その言葉と共に強まる支配力に、僕の心はまた歓喜する。だけど・・・。
知らない声。
知らない香りに知らない声。顔はまだ見えないけど、やっぱり僕の知ってる人じゃないのかも。
誰かと間違えてる?
もしかして他のオメガと間違えてるのだろうか?
そんなことを呑気に考えていると、その人は今度はうなじに顔を移す。
「ベータだと思ったから諦めたのに、オメガだって分かってたらもっと早くにオレのものにしたのに」
そう言って唇をうなじに押し付けられた瞬間、ずきんとそこに痛みが走る。
え?
はむはむと歯を立てずに唇でうなじを食まれ、熱い舌で舐められ吸われる。するとそこはずきずき痛みながらもかっと熱くなっていく。
そう言えば・・・。
うなじに感じる舌の感触と痛みに、忘れていた記憶が呼び起こされる。
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