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瞼を開けても闇は闇だった。
輪郭を失くした空間に、
幾重もの水の気配が満ちている。
困ったものだ。昔から、雨の夜は眠りが浅い。
だが今夜の雨は、どうも俺を困らせるために降ったわけではないらしい。
「………」
微睡みが染みたマットレスから身を起こす。
俺のいるロフトの下方、狭いワンルームの中を、
微かな気配がうごめいていた。
絶え間ない音に紛れてはいるが、
俺の五感はごまかせない。
胸の内で舌打ちする──ここを嗅ぎつけられるとは、俺が下手を打ったのか。
それとも、よほど利口な相手なのか。
鼓膜を覆う雨のスクリーンは公平だ。
ロフトの柵へにじり寄る俺の気配もまた、
侵入者から隠してくれる。
闇に慣れた眼が、
沈澱した暗がりを動く影を捉えた。
もの慣れた身のこなしからして、
やはり素人ではない。
数は一人か。良い度胸をしていやがる。
影が梯子に近付くのを待ち構え、
俺は一息に飛び降りた。
黒ずくめの男のすぐ正面に着地すると、
奴は予想外だったのか、一瞬身を強張らせる。
すかさずボディブローを叩き込んでやった。
確かな手応えとともに影が身を屈める。
直後に俺の顔へ拳が飛んできた。
手負いに後れをとる鍛え方はしていない。
かわすと同時に腕を掴み、奴の身体を締め上げた。
くぐもった呻きが雨の生む騒音にまじる。
「誰に雇われた?」
低く問うた次の瞬間、
俺はもう一つの気配を捉えた。
とっさに男を突き放し飛びすさる。
たった今まで俺がいた空間を、
金属質の感触が撫でていった。
俺の前にナイフを構えた別の男が立ちはだかる。
こんな奴をこの距離まで近付かせるとは、
まったく、悪戯者の雨だ。
とんだサプライズを仕掛けてきやがる。
だが生憎、
俺はもうサプライズを喜ぶ若造じゃない。
再び一閃をひらめかせようとした男の腕を拳で迎え撃つ。取り落とされたナイフの響きを床が呑み込むより早く、俺の左手は奴の首を捕らえていた。
指先に緊迫した血潮を感じながら、再度問う。
「言え。誰の差し金だ」
不気味な沈黙を雨が埋めることはなかった。
俺に頸動脈を掌握されたまま、男は確かに笑った。
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