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「なんだ? 顔が赤くね? 風邪でも引いてるのか?」
大きな手が私の額をおおう。童顔な顔、無邪気な笑みを浮かべた先輩が私の顔を覗き込んでいた。近かった。こんなに男の人と接近したことはなくてあわあわとしてしまう。
「んー? 平熱だよな」
おかしいなぁーと悩む先輩。おかしいのは貴方ですと言いたいけれど、もちろん言えなくて、
「あの先輩、もう少しで電車、来ると思いますよ」
「あ、そっか。すまん。急ごうぜ」
自然な動作で私の手を繋いで改札を通る。もちろん、定期券があるのでそのまま素通りしてしまう。手を繋いだまま先輩に手を引かれ、頭に乗せたままのタオルからは先輩の匂いがした。
タオルがあってよかった。きっと私の顔は朱色に染まっていただろう。いつ離していいかもわからない。どのタイミングでと迷っていると、あ、先輩と目があった。
「すまん。妹がいるからつい癖でな」
ホームで電車を待ちながら先輩が言った。手を繋ぐ時間は終わりだと思ったのに、先輩は言った。
「よく見たら爪とかすげー綺麗じゃん。手入ればっちりだな。うちの妹なんてめんどくさいって言って何もしねーんだよなぁ」
「そ、そうですか」
先輩が私の手を爪を見ながら言う。雑誌で読んだのだ。爪の汚い人は清潔性がなくて人に嫌われるから手入れはしておいて損はない。
「それに手相もよくわかんねーけど、いいんじゃね。テレビでよくあるじゃん」
揉み揉みと手をマッサージされる。いや、わかっている。先輩は私のことを妹と重ねているだけだ。これは恋人とかそういったことじゃない。
「せ、先輩」
といい加減、やめてと言おうとしたタイミングで電車が来る。電車は通勤時間なのか人が多い。さすがに手を繋ぐことはなかったけれど、満員電車の混雑には慣れることはない。
「今日はいつもより多いな。ぶつかったらごめんな」
「いえ、だ、大丈夫です」
満席で座るところがない。出入口の近くの手すりを握りながら電車の壁に背をあずける。目の前には先輩が吊革を握っていた。自然と見上げる形になる。
鍛えているのだろう。長く大きな腕だった。体格もよくて強そうだけれど、童顔なのがちょっとおかしい。
「お、やっと笑ったな。何かいいこでもあったのか?」
クスリと笑ったことを気づかれた。何か答えなければと思うほどにぐにゃぐにゃと頭が回る。意味のない言葉とパクパクと口を動かす。雨音が心臓の音に重なってドキドキしてしまう。
「た、タオル、このままでいいですか?」
赤く染まった顔を見られるのが恥ずかしくて私はタオルをギュッと握り、電車が急発進した。乗客が少しよろめきそれが波になる。
ドンッと先輩が他の乗客に押されて、壁に手をついた。私を挟む形で、おそるおそる見上げてみれば先輩と抱き合う形になっていた。すみませんとどこから聞こえてくる。いわゆる壁ドンというやつだった。
「すまん。ちょっと我慢しててくれ」
「は、はい」
倒れないように掴まったいた手すりから思わず手を離して、先輩の上着を握っていた。あわあわと慌てるけれど満席電車で身動きが取れない。
ドキドキと心臓の鼓動が早くなる。人のざわめきも、話し声も遠くなって電車の外で振り続く雨音がやけに耳に響く、それが私の心臓の音ようにとくん、とくんとリズムを刻む。
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