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重苦しい空気を外に出し、新鮮な空気を室内に取り込む。ボクは二人の方に向き直り、口を開いた。
「そもそも。あなたたちは、何故喧嘩をしているのですか?」
突拍子のない問いに、ふたりは首を僅かに横に傾げ、戸惑いの表情を浮かべている。
「お互いに、改善してほしいことがあるからですよね?」
違いますか? と尋ねたボクに、ふたりはそうですと、意見を合わせた。
「では、何故改善してほしいと思うのか、分かりますか?」
この問いには、ふたりとも考えを巡らせている様子だった。先に口を開いたのは、真希さん。
「これからの、生活の……ため?」
「その通りです。おふたりは、本当に心の離れた夫婦の会話を聞いたことがありますか? それはもう、お互いに、相手への期待なんて一ミリも抱きません。諦めてますから。……つまり、真希さんと直哉さんは、お互いに別れたくないと、言い合っているようなものなのです」
少しの間を開けて、ボクはクロージングをかける。
「さあ。心に、新しい風は吹きましたか? それを踏まえて、もう一度冷静に話し合ってみてください」
ふたりは、お互いに目を丸くして顔を見合わせた。
「……なんだか、バカみたいね、わたしたち」
「ほんとだな。根本に立ち返ると……ははは。情けない」
直哉さんは、力なく笑って拳を握る。
「なんだか、無駄に労力を使った気分」
「確かに。喧嘩って疲れるな」
これまで無意識に上半身の筋肉を固めてしまっていたであろうふたりの力が、抜けたように感じた。
一呼吸置いてから、真希さんが口を開いた。
「あのね。さっき直哉は、たかだかゴミ捨てって言ってたけど、家事や育児って、たかだかの積み重ねなの。ひとつでも疎かにすると、一気に崩れる。意外と、神経使うの。だから、さっきのことは許せない」
「うん」
「けど……わたし、結局寂しかっただけなんだと思う」
「真希……。ごめん。俺、自分のことばっかりで。寄り添うこと、忘れてた。さっきのことも。心無かった」
真希さんはその言葉を聞いて、ふっと息を吐いて泣き出した。溢れた想いが止まらない。先程の涙とは少し種類の違う、安堵を含んだ涙だ。
「真希さん、先月の息子さんのお誕生日、直哉さんは、早く帰るという約束を守れませんでしたね。こちらで調査をかけた結果、直哉さんはなんとか早く帰ろうと努力していたようです」
これは、肝心な言葉が足りない、不器用な直哉さんへのサービスだ。
「え? 直哉、そんなこと一言も……」
ハッとした顔をして頭をくしゃりと掴んだ直哉さんは、開き直ったように口を開く。
「あーもうっ。カッコ悪いだろ、仕事できないみたいで。言い訳するのもカッコ悪いし」
「ばかっ!」
真希さんは、泣きながら怒って……そして、ようやく少し笑った。
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