神さまの指

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やっぱり外に出てきてよかった。雨だけど、せまっ苦しくない。 あたしは胸いっぱいに外の空気を吸った。昼間なのに真っ暗な空。ぶ厚い雲が空を覆っていた。だけどわたしの気分は清々しかった。もうあんな窮屈な思いをしなくていいから。大げさなくらい大きな雨音が、そこらじゅうを満たしている。だからちょっと楽しい。 こんな雨の日は、いろいろなことを思い出す。土砂降りのなか、弟をおんぶして帰ったあの夏の日。道に迷って、降り出した雨の中、交番のおまわりさんに助けてもらったあの日。卒業式のとき、降り出した雨に傘を差してくれた、あこがれてたのに一度も話をしたことのなかった彼との出会いの日。そしてその彼が、あたしにプロポーズしてくれた日。 みんなこんな雨の日だった。 「早く帰ろう」 あたしはそうつぶやいた。あたしはどうしても、うちに帰りたかった。もうだれも待ってはいないあのうちへ。ただその思い出だけがあるあの家に。生意気な弟も、優しい両親も、そして一番愛してる彼も、いま出てきた核シェルターのなかにいる。そうしてみんな見えない中性子の光で溶けて死んだ。 あたしは真っ黒に汚れた雨の中、すでに瓦礫と化した街を歩く。もう動くものは何もない。 ほんとうに、何もない…ただ大きなきのこ雲が、ぶ厚い雲を押しのけていくのが見えるだけ。それはまるで神さまの指に、見えた。
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