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milk ver・同棲前
〝ばったり〟なんて効果音を付けたくなる程のタイミングで、その男性二人は鉢合わせた。柴はぼんやりと覚えのある顔を見て記憶を辿る。そしてここが悠太朗の職場の前であることを加味し、その口から出る名前を必死に考えた。
「た?いや、ま?んー……ごめん、誰くんだっけ」
「三毛玉城です」
「えっ、凄い。猫みたい」
「よく言われます」
結局思い出せず、問いかけた先で初めて玉城のフルネームを知った。どうやら相手は柴のことが分かるらしく、名前を聞き返されはしなかった。
「悠太朗に会いにでも来たん?」
「え?いえ……悠太朗さん目的ではないですけど」
あくまで自分はカフェに客として来たなんて言う玉城に、柴はふーんと鼻を鳴らした。
「じゃあさ、ちょっと俺の方に付き合ってくれない?」
柴の唐突な誘いに玉城は些かの困惑を見せたが、間も無くして頭を縦に振った。恐らく、恋人の元同級生だから大丈夫という信頼だろう。柴がよく行く小さなバーに玉城を連れていくと、ちょうど内側からドアが開き、出てきた二人組の男性が声を上げた。
「壮真じゃん。久々ー」
親しげに話しかけてきた男性は柴同様にバーの常連で、玉城の存在に気がつくと意外そうな目をした。
「お前、なんか男の趣味変わった?」
「やめろって。こいつそういうのじゃないから」
「えー?こんな可愛い子連れて来ておいてそれはないでしょ。君、名前は?いくつ?」
「触るな触るな。手ぇ出したら殴り飛ばすぞ」
柴は群がる男性らを散らし、圧倒される玉城を強引に店内へと連れ込む。
「お前ここらで一人になるなよ。絶対食われるから」
「食われるって?」
「大事に大事におてて繋いで抱いてくれる悠太朗とは違うってこと」
「べ、別に悠太朗さんはそんなこと…」
赤くした頬でよく分からない否定をされ、柴は何とも言えない気持ちになる。まさか嫌味を惚気で返されるとは思っていなかった。
「今更だけど酒いける?」
「付き合い程度なら。イタリアンアイスティーでお願いします」
カウンターに座った玉城が注文したそれに、今度は堪らず顔を顰めてしまった。
「なんですか?」
「別に」
柴が以前ここに呼び出した悠太朗は、今の玉城と同じ物を注文した。酒はあまり飲めないと言いながら、小慣れたものを知っていたので意外には思ったが、これは明らかに恋人の影響だ。初恋の相手を盗られた柴としては、あまり面白いものではない。
「カクテルと一緒にピスタチオ出てくるの、珍しいですね。アーモンドならありますけど」
「悠太朗と同じこと言うじゃん」
「そうなんですか?」
「うん。あいつは自分がこういう店に来ないから、バーだと普通なのかなーって言ってたけど。ピスタチオのアイスが好きって……あの、三百円ぐらいするちっちゃいやつ。知ってる?」
挑発混じりで問いかけると、玉城が動きを止めた。これは些細な嫌がらせだ。初恋の相手を盗られたことに対する腹いせ。それを知ってか知らずか、玉城は半分ほど中身の減ったグラス片手に口を開く。
「現恋人にマウント取るなら、あの人のちんこのサイズぐらい知ってからにしてください」
予想とは全く違う、斜め上からの返答に柴は瞠目した。酔いも手伝って猫被りをやめたのだろうが、アーモンド型の目が勝ち誇っているのを見た。
「柴さん、本当は抱かれたくて堪らないんでしょう?あの手に触られたい、呼吸を奪われたい、一度でいいからって」
カウンターにグラスを置く微かな音。頬杖を付いた玉城の指先が透明な縁をなぞった。
「残念」
にやりと笑う口元に柴は怒りを沸々とさせる。完全に図星だった。
「くっそ…!何が可愛くてカッコいい恋人だよ!!悠太朗のやつ絶対こいつに騙されてる!猫被ってるだけでなかなかいい性格してるわ…!」
「ありがとうございます」
「褒めてないけどな?!」
悔し紛れに少し意地悪してやろうと思った結果がこれ。二人はカクテル一杯で酔いを見せる所まで似ていて、柴の画策は腹立たしさを増長させるだけだった。
「でも正直、悠太朗さんが俺と付き合ってるのはこの顔だから……柴さんと似ているからなんじゃないかって、今でも全く思わないわけではないんです」
柴が二杯目に入った所で玉城は徐に吐露した。その横顔見て、嗚呼嫌いだと思った。
嫌いで、悔しくて、それなのに思わず敵わないと感じる程に二人はお似合いで。きっとそんな所が何よりも気に食わないのだ。
「悠太朗が言ってたよ。あの子は僕らとは違うって」
柴は盛大に溜息を吐くと、吐き捨てるように言った。
「違う?」
「悠太朗がどうかは知らないけど、少なくとも俺は過去に戻っても告白も何も出来ない。んで三十の目前になってから、一度でいいから抱かれておけばよかったなーって酒の勢いで誘って、挙句別に好きな人がいるからって理由で断られる」
「妙に具体的ですね」
「そうだよ。高校の時から俺自身が何も変わってないんだから、今が変わるわけがない」
大抵のことは楽観的に受け流せる性格なくせに、悠太朗にだけはどうしても出来なかった。臆病で狡くて、柴は一人あの斜陽の差し込む図書室から抜け出せないまま。悠太朗や自身には出来なかったそれを、簡単にやってのけてしまう玉城の身軽さは柴の目に染みた。
「あいつは腹立つぐらいお前のことしか見てないよ。本当にめちゃくちゃ腹立つけど」
意地悪する予定が、どうして恋敵を励ましているのか。横で照れたようにはにかむ面持ちにまた一つ息が洩れた。何にも捕らわれないこの青年は、きっと首輪を着けることが叶わない猫と一緒なのだ。
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