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本編・bitter ver 後
今日は泊りに行く約束だったにも関わらず、家主がなかなか帰宅しないなんてのはお互い様だった。
だから悠太朗は現状に腹を立てていないし、彼の自宅には自由に見てくれと映画のDVDが沢山ある。本人曰く、仕事で絵を描く際に気晴らしで流すのだとか。
「ただいまー」
そんな帰宅を知らせる声に、ソファで寝転がる悠太朗の中で生まれたのが子供じみた悪戯心。テレビ画面はそのまま、寝たふりで瞼を閉じてみる。するとリビングのドアが開く音がして、徐々に近づいて来た気配が頭上で止まった。静かに差した影はそこに留まり、目を開けると驚いた恋人の顔が映る。
「お帰り。ただいまのちゅーは?」
「はぁ?!知るかっ、そんなの…!」
恥じらい拒む手を掴むと、玉城は悔しそうに眉を寄せた。そして観念したのか、渋々といった素振りを見せつつ、満更でもなさげに腰を折る。
残酷にも悠太朗が夢から覚めるのはいつもそんな時だ。明るい時間帯に寝落ちたらしく、電気の点けていない部屋は真っ暗だった。
(あれから一年……だっけ)
ベランダに出ると心地よい月下に花明かりを見つけた。桜の名所で知られる公園か何かだろうか。振り返った部屋にあるかつての恋人の残響は、捨てられずにいるピアスだけ。温もりのように縋れるものは何一つなくて、悠太朗だけが一人、暁も拝めず夢を見ては覚めてを繰り返す。
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