milk ver・同棲前

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milk ver・同棲前

事の発端は、悠太朗に話した仕事での出来事だ。 クリエイターの専門学校で行われたオープンキャンパスに、玉城はゲストとして呼ばれていた。その専門学校に通っていたわけではないが、客寄せパンダと言った所だろうか。 イラスト講座であったり、フリーランスとしての活動の仕方を説明したり。玉城も新しい体験が出来てよかったのだけれど、問題はそこではない。 当日、何故か衣装としてブレザーの制服を渡された。同じ学校内に舞台演劇の学科があるのでその衣装だろう。学生達にウケがよかったのでいいが、どうして講師役に制服を着せようと思い立ったのか。悠太朗に話した際はそんな風に過去の笑い話として終わった。 しかし後日、悠太朗の自宅を訪れた際、見慣れない紙袋を持ってこられた。 「じゃーん」 軽快な効果音と共に袋から引っ張り出されたのは、見覚えのない制服だった。数日前の話の流れ、目の前にあるそれ。とてつもなく嫌な予感がする。玉城は真顔で制服を見つめ、短く息を吸った。 「警察呼んでもいいですか?」 「なんで?」 「や、だって…それ、実家から持って来たんですよね?成人済みの男が男子高校生の制服を?不審者じゃん、怖いじゃん、キモいじゃん」 「失礼だな、君が着るんだよ」 「余計にキモいわ」 玉城は恋人の頭がおかしくなったのかとさえ思った。そうでなければ、目の前の光景が受け入れられない。 「男子高校生が性対象とは言わないけど、制服姿の玉城くんを抱きたい感情は全然ある」 「真面目な顔してますけど言ってる内容ヤバいですよ」 制服を手にしてにじり寄ってくる悠太朗に、思わず体が後退した。 「これ悠太朗さんのですか?」 「そう。引っ張り出してきた」 「まさかこれを俺に着せて、柴さんと重ねるとか言いませんよね?」 「あ、そこ疑う?なら別に君の制服でもいいよ。絶対汚させる自信あるけど」 「そんな自信いらないし、自分のだったらオッケーとかいう話ではないです」 「そんなこと言わずに!着るだけでもいいから!!」 「えー………まぁ、着るだけなら」 悠太朗の気迫に押され、玉城は渋々頷いてしまった。この場合、それだけで済むはずがないなんて古今東西の常識なのに。脱衣室で着替え、洗面台の鏡に映った姿は決して高校生には見えなくて、これの何が楽しいのだと疑問を抱いた。いくら童顔だとしてもこれは流石に厳しい。 「はい、着ましたよ」 脱衣所を出て声をかけると、振り返った悠太朗が硬直した。 「やばい」 「何が?」 突然消失した語彙力を聞いて笑い声が出る。両手を広げ、おいでおいでとせがむ姿に引き寄せられ、玉城はその向かいに腰を下ろした。 「キスしてもいい?」 「嫌だって言ったらしないんですか?」 「言わせないけど」 じゃあ態々許可を得ようとするな、なんて小さな文句は微笑ごとキスに飲み込まれる。 しかし、捕らえられた腰に違和感を覚え、カーペットへ押し倒された体勢で玉城は我に返った。 「ちょっ……ねーえー、着るだけって言った!本当にないですって!どこの安いAVですか?!コスプレセックスとか全然興味ない!!」 「メイド服とかセーラー服持って来られるより遥かにマシでしょ」 「それはそうですけど!」 「ちなみに眼鏡もかけてくれたりしない?持ってるよね?」 「この流れで出すわけないだろ変態」 「確か鞄のポケットに…」 「待て待て!眼鏡あるとキスし難いから嫌なんだって!」 側の鞄を探ろうとする悠太朗に縋り、咄嗟に出たのは玉城が今まで言わずにいた本音。 振り向いた顔は無に近いが、また変なスイッチを押してしまったと悟った。これは駄目かもしれない。悠太朗は優しい反面、行為中は時折意地悪で焦らされることも多々。 理由を問うと、ツンデレ属性の人間の前に快楽をチラつかせ、自身に甘えてくる姿が可愛いなんてよく分からないことを言っていた。 「せめて…!せめてベッドでシよ!ね?!」 結局は当初の要望を全て飲む始末。 これはもう毎度流される玉城も悪い。暫くお互いの予定が合わなくて、本当は今日も悠太朗は仕事のはずだった。それが急遽休みになったから、夜になってもいいから会えないかと連絡が来たのが昼過ぎのこと。 「そんなに期待してた?」 鞄から覗いたゴムを見て悠太朗は意地悪く微笑む。ここへ来る途中買いに行ったそれを、レシートも纏めて突っ込んだ袋ごと鞄に入れていたのを忘れていた。 「期待するでしょ…。久々なんですから」 素直に認めると、豆鉄砲を喰らったような顔をされた。恥ずかしいと思いつつ、平常時より少しだけどうでもよくなる羞恥心。 玉城は過去に彼女がいて体の関係もあったが、当時の快楽を今はあまり思い出せない。パパ活を始めた時も、玩具愛好家といった感じの客で本番はなかったし、その所為か別の客と初めて寝た時も然程痛みというものはなかった。それでもやはり気持ち良くはなくて、この年齢になって初めて感じた性に溺れる感覚が少し怖くもある。 「玉城くんは一人でする時こっちもするの?」 散々解された後孔にゴム越しの熱が触れ、玉城の肢体が過敏に跳ねた。 「するわけ」 「えー?ほんとに?」 「っ、ぁ…」 こちらの反応を面白がる風な目が細まり、腹部を押し広げられる感覚に声が洩れる。 「信じられないなぁ。この口はよく嘘を吐くから」 骨張った指が唇に触れ、玉城は反論するように甘噛みをした。優しいのはいいが、焦らすのも大概にしてほしい。 「ねぇ」 「んっ、なに…それ、今じゃないとだめ?」 「先生って呼んでくれない?」 挿れた直後に何を言うかと思えば、この男は今日だけで人を何度呆れさせれば気が済むのだろう。これが行為中でなかったら、玉城は危うく手が出ていたかもしれない。 「前に一緒にいた人のこと、玉城くん先生って呼んでたでしょ?なんかいいなーってずっと思ってたんだよね」 「それは……って言うか、世の中の先生に謝れよ!」 先生と呼ばれる職業の人のことを、どういう目で見ているのかは知らないけれど、流石にその性癖にはついていけない。 「まさか先生って呼ばないと動かないつもりですか?」 「その場合もある」 「あっそう。じゃあ俺は俺で勝手にしますけど」 動く気がないならこっちが勝手にすればいい。玉城が悠太朗の肩を押し返そうとすれば、その手を捕らえられた。ネクタイを解かれる動作に思考が止まり、まんまと自由を奪われる。 「な、何ですかこれ!」 ネクタイで一纏めにされた手に疑問を呈すると、玉城を見下ろす目が恍惚と笑った。 「君は意外と手が早いから」 それはストーカーを突き飛ばした時のことだろうか。そうだとして、一度や二度でそんな人聞きの悪いことを言わないでほしい。 「こういう性癖はないんですけど」 「嘘だぁ。君が気付いてないだけだろ」 知らしめるように最奥を突かれ、玉城は息を詰まらせた。人間は快楽に弱いと知っていたけれど、玉城自身も例外なく弱くてブーメランとしか言いようがなかった。手を拘束された状態では満足に口を塞ぐことが出来ず、擦られる度に上がる上擦った嬌声が抑えられない。 「一回だけ、先生って呼んでよ」 「あっ、……ぁ、ん…!い、あ、やぁ…!」 玉城は駄々を捏ねるように首を振り、拘束され不自由な手で悠太朗の服の裾を掴んだ。 器用に浅瀬ばかり刺激され、頭がおかしくなりそうだった。止まった動きに下腹部が疼いて物足りない。苦しくなるくらい抱きしめられたい。羞恥心ばかりが働いていつも口にしたことはないけれど。 「これ、取って……ぎゅって、させて」 その濡れた目に悠太朗は何も言わず、ネクタイが解かれた。自由になった玉城の手が首筋に縋り、堪らないとでも言いたげにキスをされた。匂いの薄い玉城の肌に長らく仕舞われていた制服の香り。染めていく感覚に快楽を覚えるのは、人間のどうしようもない性なのかもしれない。 目を覚ました悠太朗が、一言目に玉城から投げられたのはお小言だったが、それもまた良しとしよう。 「玉城くん、学生時代の制服って何だった?」 コーヒーを淹れながら問うと、また着せるつもりかと疑いの目を向けられた。悠太朗の名誉の為に言うと、その質問は本当に興味本位だ。 「高校の時はブレザーでしたけど、中学は学ランでした。悠太朗さんは?」 「僕も同じ。中学のは弟にあげちゃったから残ってるか分からないけど」 三つ年の離れた弟とは中学校が同じで、制服も体操着も全てお下がりで譲ってしまった。六年も着古された制服だから捨てられている可能性は高い。 「悠太朗さんって弟いるんですか?」 「そうだよ。言ってなかった?」 「聞いてないです。じゃあ、お兄ちゃんなんですね」 妙にしっくりきた弟の存在。玉城が何となしに呼んだそれを聞いて、悠太朗はぱちりと目を瞬かせる。 「いいな。君に言われるとちょっと興奮する」 「いやいや、まさか次はお兄ちゃんって呼べとか言わないですよね?これ以上は付き合い切れませんよ」 目の色が変わった悠太朗に玉城は身の危険を感じた。恋人関係になっておいてなんだが、この男は性癖が少々マニアックだ。 「玉城くんは年の離れたお兄さんがいるんじゃないの?お兄ちゃんぐらい言い慣れてるでしょ」 「兄は名前を呼び捨てなので。子供の時もお兄ちゃんとはあまり呼んでない気がします。姉は姉さんですけど」 「えぇー…ロマンがないなぁ」 「そんなの無くて結構です。人の兄弟を勝手にオカズにしないでください」 制服を着せて抱いたのが余程いけなかったのか、やな棘の残る物言いに少し反省して、悠太朗はご機嫌を取るかのように淹れたカフェラテを運ぶ。玉城は渡されたコーヒーカップを受け取り、小さく声を洩らした。それはいつものカフェラテとは少し違い、きめ細かい水面にうさぎの模様が浮かんでいた。 「凄い……けど、何でうさぎ?」 「え?君がうさぎっぽいから」 当然のように言われ、玉城はラテアートのカップを持ったまま小首を傾げる。 「どこの辺が?」 この名前なので猫っぽいと散々言われてきた。うさぎに似ていると言われる理由が正直見当たらない。 「目が丸い所とか、ちょっと癖毛でもふもふしてる所とか」 同じくコーヒーカップを手にした悠太朗が上げる容姿の類似点。椅子に腰を据えると、生成り色の湯気を掻き消し言葉を続けた。 「あと、寂しがりな所」 なんとも愛おしげな目をされ、玉城はカップの取っ手を強く握った。この男は本当に狡い。そんな目をされたら寂しがりではないなんて強がりは言えなかった。温かいカフェラテを静かに啜り、うさぎの輪郭が淡く溶ける。勿体ないと思うと同時に、そのカフェラテはいつもより少しだけ甘い。
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