milk ver・同棲後

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milk ver・同棲後

(ずる)い」 悠太朗さんがそんな言葉を呟いたのは、平日の夜だった。恨めしげな視線の先は、テレビゲームをする俺の胡座の上で寛ぐ愛猫。 「一緒に住むようになってから誰も彼も君ばっかり」 その不満を分かりやすくするなら、飼い猫に構って貰えないことから来る嫉妬だろう。 「俺の方が家にいる時間が長いってだけですよ」 「にしてもだよ。玉城くんがリビングに座れば、誰かしらが膝の上でゴロゴロゴロゴロ……」 そう鬱々と萎れる悠太朗さんだが、寝る時は大抵三匹と一緒だ。それに絵を描くとかで一度座ると長時間動かない俺は、彼らにとって温かい座椅子程度の認識に違いない。 「こたつでも出せば来てくれるんじゃないですか?ほら、悠太朗さん引っ越しの時に捨てようかなー、どうしようかなーって言って結局持ってきたじゃん」 週明けから急に冷え込むと、今朝だったかにテレビの天気予報士が言っていた。出すなら早くしなければ、あっという間に真冬が来てしまう。 「出してもいいよ。多分僕らが入るスペース無くなるけど」 悠太朗さんが指した先の猫を見て、成る程と瞬時に納得してしまった。猫が三匹もいては、自分の足を置く場所がないらしい。 (それにこたつなんて出したら、俺も洩れなく猫と化して…) その温かさに動くことが億劫になり、タブレットや飲み物が周囲に集まって、挙句は朝まで寝てしまう光景が想像に容易い。 更に言えば、それを悠太朗さんに咎められ、適当な相槌を打った末に風邪をひく展開さえ脳裏を過った。 しかし、翌日になっても諦めは付かず、クリスマスムード一色の街中を歩いては冬支度をする空気にこたつが恋しくなる。散々悩んだ挙句、俺は買い物から帰宅して早々にこたつ一式を引っ張り出した。 (確か今日は十七時上がりだから、帰って来るの早いし) 早上がりの日、悠太朗さんは大抵外で夜ご飯を食べて来るので、俺も適当に済ませて早めに風呂へと入ってしまった。その間に洗濯機を回し、洗われたそれを抱えてベランダへと出る。途端、すっかり日の落ちた中で鋭く冷えた風に吹かれた。 「寒っ…!」 湯上がりなこともあり、余計に冷たく感じた風に思わず独り言が出る。まだ白い息は出ないけれど、風は冬の匂いがした。俺は素早く洗濯物を干し終えると、急いで部屋へと舞い戻りほっと息を吐く。 そしてようやく、電源を入れておいたこたつへと辿り着いた。冷え切った足先に触れた柔らかい何かに中を覗けば、ちゃっかり一番乗りしたくろまめが丸くなっていた。 「だいずとあずきもこっちおいで。あったかいから」 寒さに固まって一つの毛玉と化した二匹を振り返り、こたつの布団を開けてやる。そこに吸い込まれた二匹もくろまめと並び、眠たげに目が細まるのを見た。満員になってしまった中は、あと男が二人足を伸ばす余裕はない。玄関でドアの開く音がしたのは、俺の足先が温まり始めた頃だ。 「ただいま………あ、それ出したんだ」 「お帰り。こたつお借りしてます」 「僕も入れて入れて」 脱いだコートと鞄をソファに置き、悠太朗さんはいそいそとこたつへ足を入れた。 「狭っ」 「でしょうね」 中は既にぎゅうぎゅうで、猫たちの間にお邪魔する隙間もなく、胡座を組むしかない。 「外、寒かったですよね。もう冬って感じ」 「そうだねー、そろそろマフラー欲しいかも。だいずに爪研がれちゃったから、新しいの買おうかな」 咎める素振りもなく笑う悠太朗さんのその言葉に、俺は内心どきりとした。 「マフラーは……再来週あたりにきっといいのが見つかるから、もう少し待ってもいいんじゃないですか?」 「え?」 わけの分からないことを言っている自覚はある。しかし、直接言ってしまっては昼間に買ったあれのサプライズ性が半減してしまうのだ。悠太朗さんの不思議そうな顔に、あぁどうしようかと。 「クリスマスもあるし、サンタさんとかまだ来てないから」 「サンタさんって…玉城くん、僕のこといくつだと思ってるの」 悠太朗さんは可笑しそうに言うけれど、クリスマスという単語に何かを察したらしい。 「当日までのお楽しみ的なやつ?」 「そう。二十六、二十七日は連休でしょ?何か美味しいものでも食べに行きましょ」 クリスマス当日もイブも、仕事で忙しい悠太朗さんとは一緒に過ごすことが出来ない。だからクリスマスプレゼントの一つや二つ用意して、普段よりいい店で外食なんてのもきっと許される。 「ごめん…。イベント時期にいつも休み取れなくて」 「いーですよ、そんなの。当日過ぎたぐらいがどこも空いててちょうどいいですって」 それは強がりや気遣いでもなんでもなくて、間違いなく本音の大部分である。余程のことがない限り、何も当日でなければならない理由などないのだ。 「でも暫くは予定合わないから、そういうこと……お預けですね」 手探りでこたつの中の指を辿り、その顔を下から覗き込む。糸目がやや瞠目し間も無く、してやられたように悔やむ顔が堪らなく好きだった。 「玉城くん」 「んー?」 「焚き付けるならそうするだけの覚悟があると捉えても?」 重なった手はあまりに熱く、余裕のない悠太朗さんの声に思わず含み笑いが洩れた。キスで縮まった距離に香るコーヒーの芳香。横髪を後方へ梳き、襟足を撫でる乾いた掌に、俺はただ心地いい眩暈を感じていた。
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