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milk ver・同棲前
「あ、牛乳切らしてるんだった」
悠太朗の自宅へ向かう途中、隣からそう聞こえたのはコンビニを通り過ぎた頃だった。最寄りのスーパーは方向が少し違うし、どうするのかと玉城が思っていれば近くにある薬局を指される。
「そこの薬局寄っていい?」
「いいですよ。ついでに新作のポテチ出てないか見よ」
「それ、ポテチだけ買って本来の目的忘れるパターンじゃない?」
「えー?二人いてそれは流石にないんじゃないですか?」
身に覚えのある事例に笑いながら、二人は横断歩道を一つ渡った。駅からアパートまで少し歩くけれど、薬局やスーパーが近いのがありがたいと悠太朗は言う。大きく展開されたお菓子の棚を見てお目当てがなかった代わりに、冷凍コーナーでアイスの新作を見つけ、ついでにティッシュもと結局は買う物が増えるお決まり。
「ここペットコーナー小さいですね」
「そうなんだよー。食品が多いからたまに来るけど、猫のご飯とかはもうネット頼り」
だから通販の段ボールがよく玄関に立てかけてあるのかと。玉城がなんとなく陳列棚を見ながら足を進めていると、悠太朗が後ろをついて来ていないことに気が付いた。そして振り返った先で、店員の男性と話している姿を見つける。
「いつだったか、壮真に連れて来られた方じゃないですか?」
店員の口から出た名前は玉城も覚えがあって、悠太朗は少しばかり思案する素振りをした。
「あ、バーの…?」
「そうですそうです!」
どうやら柴の知り合いらしい店員。玉城は陳列棚に向き合ったまま、相手と雑談する悠太朗を視界の端に映す。
(柴さんと行ったバーの客ってことは…)
そこまで考えかけ、慌てて思考を振り払った。そういったバーに出入りしているからと言って、相手の恋愛対象が誰かなんて一概には言えないし、そもそも悠太朗がそこに含まれるか分からない。
しかし、人には散々モテるからどうの、編集社の誰々が、なんて言うくせに、自分に向けられた好意にはちっとも気付けない恋人だ。典型的なイケメンではないにしても、悠太朗だって決して目鼻立ちが悪いわけではなくて、何よりスタイルが良い。人畜無害そうな溌剌とした笑い方が狡い。ヘタレと言われれば確かに否定は出来ないけれど、初対面の印象など殆どが容姿と雰囲気なのだ。
(悠太朗さん押しに弱い所あるしなー)
一度気になり出した心はそう簡単には晴れてはくれなくて、苛立ちとも言える感情が蔓延る。玉城は談笑する二人に背を向け、隣の陳列棚から目当ての箱を掴んだ。
「悠太朗さん、これも」
戻った先で悠太朗の持つカゴにそれらを入れた途端、場の空気が凍った。それもそのはず。玉城が放り込んだのは薬局でよく売られるコンドームで、毎日使っても二、三ヶ月保つような量。
「た、玉城くん…!」
「何。使わなくてもいいって言うなら俺はそれでも構いませんけど」
表情を変えず平然と言い放つ玉城に対し、悠太朗は羞恥と困惑の狭間で狼狽える。すると、そんな様子に店員が腹を抱えて笑い声を上げた。
「そんな警戒しなくても盗らないですよ。嫉妬しっちゃって、かわいーねぇ」
「会計お願いします」
「はいはい。こちらへどうぞ」
まだ口元に笑いを残したまま、店員はレジへと移動した。
「これ、壮真に話したら物凄く不機嫌になりますよ」
「別に話していただいて構いません。いつまでも未練を持たれても困りますから」
「おーいい性格してんね」
堪えきれない笑いを滲ませる店員に仏頂面は崩さず、支払いを終えると玉城は悠太朗の手を取り足早に店を出た。普段なら人通りがある時間はあまり繋がないが、今日ばかりは悠太朗も手を解かなかった。
「ねー…どうするの、こんなに買って」
沈黙を破ったのは、恥じらいに呆れを乗せた悠太朗の声だった。けれど、そんなこと言われなくても玉城だって分かっている。まだ家にあるくせに、三個も四個も買ったところで使うのは先の話だ。
「ストックで置いとけばいいじゃないですか。消耗品なんだし」
今になって恥ずかしくなって、玉城はぶっきらぼうな言い方をした。再び訪れた沈黙に、地面と靴とが擦れる音はやけに大きく聞こえる。
「君も嫉妬とかするんだね」
愛おしげなその声色に悠太朗の顔は見れず、繋いだ手が少し力むばかり。普段なら、自分のことをなんだと思っているのだと言っていたかもしれないのに、今回は気恥ずかしさが勝って何も言えない。しかし、間も無くして声を洩らすと同時に悠太朗が立ち止まるので、玉城も連動して歩みを止めた。
「玉城くん、まずい」
「ん?」
「牛乳」
「あっ」
手に持ったビニール袋がやけに軽いと思ったら、そういうことなのだ。店に入る前に二人いれば大丈夫なんて言っておいて、見事なフラグ回収に双方の視線が交わり笑いを刻んだ。
「買いに戻る?」
「それはなんか気不味くないですか?」
「でも、明日のカフェラテがブレンドになっちゃうけど」
「それは買いに行きましょう。大問題です」
進路を変え、今来た道を戻る可笑しさ。再び来店した二人を店員が訝しみ、理由を話してはまた笑われてしまった。しかし、あの穏やかさを切り取った翌朝には不可欠なのだから致し方ない。ベッドの縁に座り、昨夜の余韻をカフェラテに溶かす時間が好きなのだ。
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