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本編・九匹目以降
混み合う改札を通る時、
バス停で多くの人が降りる時、
往来の激しい道を横断する時。
悠太朗さんは人の間に入るのが酷く下手だ。
人の流れに乗ってしまえばいいのに、タイミングが分からないのだろうか。間に入るのは申し訳ないと思っているのかもしれない。別段きっちり整列している所に割り込むわけでもないのだから、相手も一々気にしちゃいないと言ったことがある。それでも、例に洩れず朝のラッシュで混雑する改札を前に、参ったような背中を見つけた。
「もたもたしてると次の電車が来ますよ」
声をかけ、そのまま歩みを止めず人の流れに乗れば、悠太朗さんは慌てたように俺の後ろに引っ付いて改札を通った。ただでさえ電車の本数が多い都市部。通勤通学時間の朝ともなれば忙しなく電車が入れ替わる。
故にさっさと改札を通らなければ一向に中へは入れない。
「いやぁ、ありがとう。助かった」
「助かった、じゃないですよ。田舎から上京してきたわけでもないんですから」
本人曰く、それは散々言われてきたフレーズなのだとか。正直言いたくなる気持ちは分かるし、俺も実際に言ってしまっている。しかし、それでも彼はいつまで経っても流れに乗るのが下手なまま。
「僕は大体いつも急いでないから、他に一刻を争ってる人がいるなら譲っても問題ないし」
「それでよく遅刻せずに済んでますね。いくら本数が多いとは言え……」
全く問題視していない言葉を聞いて息を吐くが、それと同時に嗚呼そうかと納得してしまった。呆れはしても、決して嫌いではないのだ。嫌いにはなれない。なれるはずもない。高草悠太朗という男を体現したような、大袈裟で朗らかな不器用さが腑に落ちる。忙しないこの都会のど真ん中で、紛れることの出来ないあたたかさだった。
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