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一
「ぜひ、綿川様にお仕えしていただけますようお願いいたします」
そう言ったのは、国が年に一回開催した春の兵士武芸大会で、男の人にも負けず、見事に優勝した、十九歳の杉立なな。軍に入った頃はまだケンカすら勝てない雑魚だった彼女が、四年経って現在は一躍して小姓になった。
「そっか。真央か。やっぱり人気あるなあ」
大広間の上段の間で座っている将軍・瀧石靖広は微笑みを口角に浮かべて、最上席に座っていて髪をひとつにまとめた二十代前半の女性に目を向けた。
綿川真央は瀧石のほうに顔を向け、頭を下げた。
「申し訳ございませんが、その要望、お断りいたします」
まだ伏せている杉立は目を大きく張って、手を強く握った。
「おっ、なにゆえだ? 今までの優勝者はすべて希望どおりの家に仕えるようになったんじゃないか」
「申し訳ございません。諸事情がありまして」
「私のところだったら入れますよ。むしろ大歓迎です」
綿川の対面で、髪を束ねているが、前髪が少し乱れている女性が微笑んで言い出した。
「珍しいなぁ、柏原が人ほしいって」
「真央殿がそばにいない今、猫の手も借りたいですもの」
瀧石の太い大笑いを聞いて、杉立は唇を結んだ。確か、昔からその柏原結葵の手足と呼ばれていた神の軍師・綿川は、二年前から柏原の依頼を一切断ってきたようだ。その理由は誰もわからないが、四年前に瀧石政権が天下統一を果たしてからの柏原の変化に関係しているらしい。
「杉立、柏原のところはおもしろいぞ」
「弟子までなってくれたら、さらにおもしろくなりますよ」
「弟子入り。お前もずいぶん欲張りだな」
「どうも」
瀧石と柏原の笑いが耳に入って、杉立は眉に皺を寄せた。目の端で綿川を見たら、彼女はすでに元の姿勢に戻り、顔に何の表情もなかった。
ただただ、端然とそこに座っていた。
「杉立、どうだ? 柏原の弟子になる?」
聞かれた。
柏原は確かに「軍神」という愛称で知らされているが、兵士の間では「へらへらバカ」や「便利屋柏原」といったあだ名もあり、十代の頃は「ビビリ殿」とも呼ばれていた。柏原に仕えることのある知り合いがいないため、様々な愛称の由来の真偽はわかるはずもない。
憧れのお方に断られ、そのお方に断れ続けていた柏原に選ばれた……。なる。ならない。選択肢がふたつあるようだが、ひとつしかない。
「お選びいただき、誠にありがとうございます。私、杉立ななは今後、柏原様のため、精一杯尽力いたします」
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